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お前が犯人だ、その推理で世界が変わる -変遷探偵・久瀬黎司の記録-  作者: 未確定ログ
第1部 『犯人変遷篇』第1編『雨の取調室』
5/51

第5話『世界は犯人を固定する』

「戻せないって、どういう意味だ」


久瀬黎司は低く問う。


資料室のテレビでは、

まだ事件速報が流れている。


『被害者は以前から女性問題を抱えており――』


『容疑者女性は精神的に追い詰められていた可能性が――』


さっきまで存在しなかった情報が、

“常識”として全国へ拡散されていく。


白鐘雨音は画面を見つめたまま言った。


「観測されるほど、現実が固定されるんです」


「……観測」


「人が認識する数」


白鐘は静かに続ける。


「ニュース。SNS。記事。噂。そういう“共有された認識”が増えるほど、改変後の現実は強くなる」


久瀬は眉をひそめる。


「なんでそんなことが分かる」


「経験したからです」


白鐘の目は、

どこか遠くを見ていた。


「弟の事件の時、最初は小さなローカルニュースだった。でもネットで拡散されて、“放火犯の弟”が全国に広まった瞬間……完全に定着した」


定着。


その単語が妙に耳に残る。


久瀬はテレビへ視線を戻した。


今この瞬間も、

この事件は広がっている。


無数の人間が、

“女が犯人だった世界”を認識している。


「……だから戻せないのか」


白鐘は頷いた。


「多分、もう誰が調べても同じ結果しか出ません」


 


有馬が困惑した顔で二人を見る。


「さっきから何の話してるんです?」


久瀬は答えない。


答えられない。


もし本当にこの現象が存在するなら、

今の段階では説明そのものが危険な気がした。


その時。


資料室の扉が開く。


鑑識官が慌てた様子で入ってきた。


「有馬さん!」


「はい?」


「新しい指紋出ました!」


久瀬の胸が嫌な音を立てる。


鑑識官は続ける。


「凶器の金属バットから、容疑者女性の指紋が追加で検出されました!」


追加で。


その言葉に、

久瀬と白鐘が同時に反応する。


「……追加?」


久瀬が聞き返す。


鑑識官は頷いた。


「最初の検査じゃ不鮮明だったんですけど、再解析したら綺麗に出ました」


有馬が安堵したように息を吐く。


「これで完全にクロですね……」


完全。


まただ。


世界が、

“犯人だった証拠”を補強している。


しかも自然に。


誰も違和感を覚えていない。


 


白鐘が小さく呟く。


「早すぎる……」


久瀬は彼女を見る。


「何がだ」


「補完速度です」


白鐘の声は硬い。


「普通、ここまで一気に変わらない」


「……普通?」


白鐘は一瞬、口を閉ざす。


だがやがて諦めたように言った。


「この現象、前にも起きてます」


久瀬の視線が鋭くなる。


「お前、本当に何を知ってる」


白鐘は周囲を確認した。


誰も聞いていないことを確かめるように。


「ここじゃ話せません」


「……」


「でも一つだけ」


白鐘は久瀬を真っ直ぐ見た。


「あなた、多分“引き金”です」


 


その瞬間。


久瀬の脳裏に、

取調室の光景が蘇る。


論理が完成した瞬間。


女の表情が変わった。


記憶が流れ込むみたいに。


「……俺が推理したから、変わったって言いたいのか」


白鐘は否定しなかった。


「断定はできません。でも」


一拍。


「あなたが“犯人”を確信した直後に変化が起きてる」


久瀬は無意識に拳を握る。


もし本当にそうなら。


今までの事件も。


自分が解決した全ての事件も。


 


有馬のスマホが鳴った。


「はい、有馬です」


電話口で何かを聞き、

有馬の顔色が変わる。


「……は?」


嫌な予感。


有馬がゆっくり顔を上げる。


「監察から連絡です」


「何だ」


「容疑者女性の件なんですが……」


有馬は困惑したように言った。


「“三年前にも傷害事件を起こしてた”記録が出てきたらしくて」


 


久瀬の呼吸が止まる。


白鐘も絶句していた。


まだ増えるのか。


人格そのものが、

“犯人として自然な人間”へ変わっていく。


過去まで遡って。


世界全体で。


 


テレビのニュース音声が流れる。


『近隣住民によると、容疑者女性は以前から精神的に不安定な面が――』


久瀬はふらつくように後退した。


世界が完成させている。


“犯人”を。


 


その時だった。


資料室の隅。


古い事件ファイル棚から。


――バサッ。


何かが落ちた。


全員の視線が向く。


床に落ちていたのは、

黄ばんだ古い新聞記事。


久瀬はゆっくり拾い上げる。


そこに載っていた見出しを見た瞬間。


背筋が凍った。


『一家殺害事件、生存者の少年が証言』


記事の日付は、

十五年前。


そして。


生存者欄には。


『久瀬黎司(11)』


と書かれていた。

読んでいただきありがとうございます。

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