第4話『犯人は、死んだあとも変わる』
「……は?」
久瀬黎司は白鐘のスマホを奪うように覗き込んだ。
速報記事。
『殺人容疑で拘束中の女性、自殺』
時刻は五分前。
城南署留置エリア。
首吊り。
発見時死亡確認。
久瀬の顔色が変わる。
「ありえない……」
ついさっきまで、
あの女は取調室にいた。
泣いていた。
怯えていた。
精神状態は不安定だったが、
急に自殺するほどでは――
そこまで考えた瞬間。
久瀬の思考が止まる。
違う。
“今は”違うのかもしれない。
世界が変わっているなら。
犯人として自然になるよう、
精神状態すら補完される可能性がある。
白鐘が言う。
「行きましょう」
久瀬は無言で走り出した。
城南署。
署内は妙に騒がしかった。
警察官たちが慌ただしく行き交っている。
有馬が奥から現れた。
「久瀬さん!」
顔が青ざめている。
「本当に……自殺したんですか」
「ええ……留置場で」
有馬は疲れ切った顔で頭を掻く。
「最悪ですよ。送検前にこれとか……」
久瀬は有馬を見た。
「様子は?」
「え?」
「自殺するように見えたか」
有馬は少し考える。
「……いや」
その反応に、
久瀬の鼓動が速くなる。
「正直、急でした。さっきまで普通に泣いてて……」
有馬はそこで止まる。
何かを思い出したように。
「いや、でも」
「?」
「……そういえば、“前から鬱病だった”って」
久瀬の目が細くなる。
「誰が言った」
「いや、資料に」
有馬は首を傾げる。
「最初からありましたよ。通院歴」
久瀬は走った。
資料室。
乱暴に扉を開ける。
机の上に事件ファイルが置かれている。
女の身辺調査資料。
精神科通院歴。
抗うつ剤処方。
自殺未遂歴。
全部、綺麗に揃っていた。
久瀬はページをめくる。
指が震える。
そんな記録は、
取調室の時には存在していなかった。
断言できる。
なのに今はある。
自然に。
完全に。
“最初から存在した過去”として。
「……くそっ」
背後から声。
「やっぱり」
白鐘だった。
彼女は資料を見て、
静かに息を吐く。
「追加されてる」
有馬が怪訝そうに二人を見る。
「……何の話です?」
白鐘は答えない。
久瀬も言えない。
説明したところで、
理解されない。
いや。
理解した瞬間、
また何かが変わる気がした。
その時だった。
資料室の奥から、
年配刑事が声を上げた。
「おい、有馬」
「はい?」
「これ確認したか?」
古い紙ファイルが机へ置かれる。
有馬が開く。
「あれ……?」
久瀬も視線を向けた。
そこには別件資料。
被害者・倉橋慎吾。
過去の暴力事件歴。
女性への傷害。
脅迫。
監禁疑惑。
「こんなの出てきました?」
有馬が言う。
年配刑事が頷く。
「倉庫整理してたら見つかった」
久瀬は目を見開く。
まただ。
また増えている。
世界が、
“犯人である理由”を補強している。
しかも。
被害者側まで。
白鐘が小さく呟く。
「整合性を取ってる……」
「……整合性?」
有馬が聞き返す。
白鐘は誤魔化すように笑った。
「いえ」
だが久瀬には分かる。
この世界は、
事件が確定すると、
矛盾を消し始める。
犯人。
動機。
証拠。
人格。
被害者性。
全部を“自然”に並べ替える。
その瞬間。
久瀬の脳裏に、
嫌な疑問が浮かんだ。
もし。
この女が犯人じゃなかったとしたら。
今増えている証拠は、
全部“あとから生まれた”ものなのか?
背筋が冷える。
白鐘が久瀬を見る。
「気づきました?」
「……ああ」
「これ、事件解決じゃない」
白鐘の声は静かだった。
「“事件成立”です」
その言葉が落ちた瞬間。
資料室のテレビが突然切り替わった。
ニュース速報。
アナウンサーが読み上げる。
『本日発生した城南区会社員殺害事件について、新たな情報です』
画面に被害者写真。
倉橋慎吾。
アナウンサーが続ける。
『近隣住民の証言によると、被害者は以前から複数女性への暴力行為が噂されており――』
久瀬はテレビを見つめる。
報道まで変わっている。
世間全体が、
新しい現実へ同期していく。
白鐘が呟く。
「観測が広がってる……」
「観測?」
「ニュースになると固定が強くなる」
久瀬が振り返る。
「なんだそれ」
白鐘は答えない。
その代わり。
ひどく嫌な顔をした。
「……まずい」
「何がだ」
白鐘はテレビを見たまま言う。
「この事件、もう戻せない」
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