第41話『消失連鎖』
資料室の空気は、もう“人数”という概念を信用できなくなっていた。
白鐘雨音は無意識に椅子を数える。
「……一つ、多くないですか?」
有馬が振り返る。
「何がだよ」
白鐘は言い直す。
「さっきまで、机の配置って四つでしたよね」
有馬は即答する。
「最初から三つだろ」
沈黙。
白鐘の視線が止まる。
「……え?」
久瀬黎司が静かに言う。
「分岐が進んでいる」
有馬が苛立つ。
「またそれか」
久瀬は否定しない。
「観測ごとに“存在数”がズレている」
白鐘が小さく呟く。
「でも、どっちかが正しいんですよね?」
久瀬は一拍置く。
そして言う。
「両方だ」
その言葉で空気が止まる。
有馬が顔をしかめる。
「意味わかんねぇってそれ」
久瀬は机に手を置く。
「この現象は“消失”ではなく“再配分”だ」
白鐘が息を呑む。
「再配分……?」
久瀬は続ける。
「役割が消えると、別の存在に再割り当てされる」
有馬が呆れる。
「じゃあ誰かが代わりになるってことか?」
久瀬は否定する。
「違う」
「“代わり”ではない」
「“上書き”だ」
沈黙。
その瞬間、廊下の方から足音がした気がした。
白鐘が振り返る。
「今の……」
有馬も見る。
だが誰もいない。
久瀬だけが、その“音の前後”を読んでいる。
そして静かに言う。
「一人消えたな」
白鐘が即座に反応する。
「誰がですか」
久瀬は答えない。
その代わり、机の上の資料を指す。
そこには“昨日の捜査メモ”があるはずだった。
だがページが一枚減っている。
有馬が声を荒げる。
「おい!さっきまであっただろ!」
白鐘も頷く。
「確かにありました……」
だが次の瞬間、白鐘の表情が揺れる。
“何が書かれていたか”が抜け落ちる。
久瀬は静かに言う。
「始まった」
白鐘が問う。
「何がですか」
久瀬は短く答える。
「連鎖だ」
有馬が苛立つ。
「連鎖ってなんだよ」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だがその雨粒が、時折“数えられない塊”になって落ちる。
久瀬は続ける。
「一人消えると、次の条件が再構築される」
「そしてまた誰かが消える」
白鐘が震える声で言う。
「止まらないんですか……?」
久瀬は一瞬だけ沈黙する。
そして言う。
「止める構造がない」
その瞬間、資料室の電灯が一瞬だけ落ちる。
戻ったとき、有馬が小さく首を傾げる。
「……今、誰かと話してた気がするんだけど」
白鐘も同時に違和感を覚える。
“会話の相手がズレている”
久瀬は静かに確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「消失が個別現象ではなく、連鎖現象へ移行している」
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