第40話『共犯者は誰か』
資料室のホワイトボードは、もう“図”ではなかった。
ただの白い板に、かすかな線の痕跡が残っているだけだ。
白鐘雨音はその前に立ち尽くしていた。
「……共犯者って」
有馬が腕を組む。
「まだそれ引っ張るのかよ」
白鐘は首を振る。
「引っ張ってるんじゃなくて……」
言葉が途中で途切れる。
“何を説明しようとしていたのか”が曖昧になる。
久瀬黎司が静かに言う。
「消えているのは人間じゃない」
有馬が眉をひそめる。
「じゃあ何だよ」
久瀬はホワイトボードを見る。
「条件だ」
沈黙。
白鐘が小さく呟く。
「条件……?」
久瀬は続ける。
「犯人が成立するための補助条件」
「証言者、隠蔽者、誘導者、共謀者」
有馬が苛立つ。
「だからそれ人間の話だろ」
久瀬は否定しない。
「最初はな」
白鐘が顔を上げる。
「最初は……?」
久瀬はゆっくりと言う。
「だがこの事件では違う」
沈黙。
その瞬間、資料室の照明が一瞬だけ揺れる。
有馬が天井を見上げる。
「今のなんだ?」
白鐘は即答できない。
ただ、胸の奥に嫌な感覚が残る。
“何かが一つ減った”
だがそれが何か分からない。
久瀬だけが静かに言う。
「また一つ外れたな」
白鐘が顔を上げる。
「何がですか」
久瀬は短く答える。
「共犯者の条件だ」
有馬が苛立つ。
「条件ってなんだよ、もう訳わかんねぇよ」
久瀬は淡々と続ける。
「この事件は、役割を満たさない人間を排除していく」
白鐘が息を呑む。
「排除って……消えるってことですか」
久瀬は頷く。
有馬が小さく笑う。
「それもう人殺しじゃねぇか」
だが久瀬は否定しない。
その沈黙が逆に重い。
白鐘が震える声で言う。
「じゃあ……共犯者って」
そこまで言って、止まる。
言葉が続かない。
“共犯者”の定義が、頭の中で形を保てない。
久瀬はその様子を見て、静かに言う。
「もうほとんど残っていない」
有馬が眉をひそめる。
「何がだよ」
久瀬は答える。
「概念だ」
その瞬間、ホワイトボードに残っていた最後の薄い線が、ふっと消える。
白鐘が息を止める。
「……今の見えました」
有馬は首を振る。
「何もねぇよ」
白鐘は久瀬を見る。
久瀬は静かに目を閉じる。
そして言う。
「終わりが近い」
白鐘が問う。
「何の終わりですか」
久瀬は答える。
「共犯者という枠組みの終わりだ」
沈黙。
有馬が呟く。
「それ終わったらどうなんだよ」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だがその雨の中に、もう“誰かの影”は見えない。
久瀬は静かに確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「共犯者という概念そのものが、現実から脱落し始めている」
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