第42話『消失条件』
資料室の扉が、閉まっているのか開いているのか分からなかった。
白鐘雨音はその境界を見つめながら、ゆっくり言う。
「……今の消失、規則があります」
有馬が即座に反応する。
「は? またルール増やすのかよ」
白鐘は無視して続ける。
「ただのランダムじゃないです」
久瀬黎司が視線を上げる。
「気づいたか」
白鐘は頷く。
「“共犯者として認識された瞬間”に、消えてる」
沈黙。
有馬が眉をひそめる。
「意味わかんねぇんだけど」
白鐘は資料をめくる。
そこには“昨日の捜査記録”があるはずだったページ。
だが、その一部がまた薄れている。
「この人……昨日、共犯者扱いされました」
有馬がすぐに言う。
「だから誰だよそれ」
白鐘は言葉に詰まる。
“名前”が出ない。
ただ確信だけがある。
久瀬が静かに言う。
「それが条件だ」
白鐘が顔を上げる。
「条件……?」
久瀬は続ける。
「共犯者として確定した瞬間、その役割に固定される」
「そして役割が不要になると消える」
有馬が苛立つ。
「じゃあ何もしなきゃいいってことか?」
久瀬は首を振る。
「違う」
「“認識されること”自体がトリガーだ」
沈黙。
白鐘が震える声で言う。
「じゃあ……関わっただけで消えるってことですか?」
久瀬は一拍置いて答える。
「そうなる」
その瞬間、廊下の奥で一瞬だけ物音がした。
誰も振り返らない。
“振り返った瞬間に条件が成立する”ことを、全員が無意識に理解している。
有馬が小さく呟く。
「じゃあさ……俺らもヤバくね?」
白鐘は答えない。
その代わり、久瀬を見る。
久瀬だけが動いている。
久瀬は静かに言う。
「もう一段階進んでいる」
白鐘が問う。
「何がですか」
久瀬は窓を見る。
雨は一定に見える。
だが“落ちる場所”がわずかにズレている。
「観測者も巻き込まれ始めている」
有馬が顔をしかめる。
「観測者って俺らのことだろ」
久瀬は否定しない。
その瞬間、白鐘の手元の資料から一行が消える。
白鐘が即座に反応する。
「今の……また消えました」
有馬は眉をひそめる。
「何が?」
白鐘は口を開くが、言葉が出ない。
“それが何だったか”が抜け落ちている。
久瀬は静かに言う。
「条件が成立した」
白鐘が震える声で問う。
「今の人……消えたんですか」
久瀬は短く答える。
「消えた」
有馬が呟く。
「もう戻らねぇのかよ」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だがその雨の中に、もう“誰かの輪郭”はない。
久瀬は確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「消失は“認識”と結びつき、不可逆の連鎖条件へ変わり始めている」。
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