第31話『最初にいなかった人間』
雨は、同じように降っていた。
だが久瀬黎司には、それが少しだけ“軽く”見えた。
白鐘雨音が資料を開く。
「久瀬さん……変です」
有馬がすぐに反応する。
「またかよ」
白鐘は資料を机に置く。
「この事件、関係者が一人減ってます」
沈黙。
有馬が眉をひそめる。
「減るって、異動とか退場とかだろ」
白鐘は首を振る。
「違います」
「“最初からその人がいなかったことになってます”」
久瀬の視線が動く。
「名前は」
白鐘は紙を指す。
そこには空欄があった。
本来あったはずの欄。
そこだけが“最初から設計されていない”ように抜けている。
有馬が呟く。
「は? そんなことある?」
久瀬は静かに言う。
「ある」
白鐘が顔を上げる。
「久瀬さんは……覚えてるんですか?」
久瀬は少し間を置く。
そして言う。
「覚えている」
その一言で空気が変わる。
有馬が嫌そうに笑う。
「じゃあバグじゃんそれ」
久瀬は否定しない。
代わりに資料を閉じる。
「これは“消失”だ」
白鐘が息を呑む。
「消失……?」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だがその雨粒の一部が、“数えられない”ように見える瞬間がある。
久瀬は続ける。
「犯人構造が変わると、不要な要素が消える」
有馬が顔をしかめる。
「不要って何だよ人間だろ」
久瀬は短く答える。
「事件にとっての不要だ」
沈黙。
白鐘が震える声で言う。
「じゃあ……共犯者がいないと成立しない事件だったら?」
久瀬は答えない。
その代わり、机の上の資料をもう一度見る。
そこにあったはずの“関係者リスト”が、薄くなっている。
文字が消えていく。
有馬が声を荒げる。
「おい!今消えただろ!」
白鐘も青ざめる。
「見ました……確実に……」
久瀬は静かに言う。
「始まったな」
白鐘が問う。
「何がですか」
久瀬は一言だけ答える。
「共犯者の排除だ」
その瞬間、資料室の照明が一瞬だけ揺れる。
そして――
白鐘の手元の資料から、一行が完全に消えた。
そこに“誰かがいたはずの記録”ごと。
有馬が呆然とする。
「……今の、誰だ?」
白鐘は答えない。
目を閉じて確認する。
記憶にはいる。
だが記録にはいない。
久瀬だけが、静かにその“ズレ”を見ている。
そして確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「存在そのものが、条件によって消え始めている」
読んでいただきありがとうございます。
感想・評価励みになります。




