第22話『観測干渉』
資料室の扉は、閉まっているのに開いているように見えた。
どちらでもない状態。
白鐘雨音は、その矛盾にもう驚かなくなっていた。
ただ静かに言う。
「またです」
有馬が即座に反応する。
「何がまただよ」
白鐘は扉を指す。
「見え方が、変わってます」
有馬が眉をひそめる。
「は?」
久瀬は扉を見る。
確かに、角度によって“閉じているようにも開いているようにも見える”。
久瀬は静かに言う。
「観測の重なりだ」
白鐘が小さく頷く。
「はい……同時に複数の状態が見えています」
有馬が呆れる。
「いやそれもう意味わかんねぇよ」
久瀬は歩き出す。
資料室の中央に立つ。
そして白板を見る。
そこには事件構造がある。
だがその線は、見るたびに少しずつ位置がズレている。
久瀬は言う。
「この事件は、固定されていない」
白鐘が答える。
「でも、固定されかけてます」
有馬が首をかしげる。
「どっちだよそれ」
白鐘は続ける。
「観測した瞬間に、どれか一つに収束しそうになるんです」
久瀬は静かに頷く。
「だが収束しない」
沈黙。
その瞬間だった。
白板の中心が一瞬だけ“黒く塗りつぶされる”。
有馬が叫ぶ。
「今の何だよ!」
白鐘は息を呑む。
「見えました……でも消えました」
久瀬は視線を離さない。
「干渉だ」
白鐘が顔を上げる。
「干渉……?」
久瀬は続ける。
「この事件は“観測されるたびに観測を壊す”」
有馬が混乱する。
「それもう無限ループじゃん」
久瀬は否定しない。
代わりに言う。
「誰かが見た瞬間に、見られたものが変わる」
白鐘の手が震える。
「じゃあ……私たちは今、何を見てるんですか」
久瀬は少し間を置く。
そして答える。
「“変わる前の残像”だ」
その瞬間、資料室の蛍光灯が一瞬だけ暗転する。
戻ったとき、机の上の資料の配置が変わっている。
有馬が声を荒げる。
「絶対今動いたって!」
白鐘は黙って頷く。
「でも、動いた証拠が残っていません」
久瀬は静かに言う。
「残る必要がない」
白鐘が息を呑む。
「じゃあ……全部“今だけ”ですか?」
久瀬は答える。
「そうだ」
雨音が強くなる。
いや、強くなったように“感じる”。
久瀬は窓を見る。
外の雨は一定なのに、見るたびに別の降り方に見える。
久瀬は確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「観測そのものが事件を変質させ始めている」
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