第21話『推理の選択』
資料室の空気は、もう“安定”していなかった。
揺れている。
静かに、ずっと揺れている。
白鐘雨音は白板を見ながら、声を落とす。
「久瀬さん……一つ、気づきました」
有馬がすぐに反応する。
「またかよ」
白鐘は無視する。
「この事件、候補が増えてるんじゃないです」
久瀬の視線が上がる。
「どういう意味だ」
白鐘は言葉を選びながら続ける。
「“私たちが見た瞬間に、結果が分岐してる”んです」
沈黙。
有馬が眉をひそめる。
「分岐って何だよ、未来予知か?」
白鐘は首を振る。
「違います」
「“推理した内容ごとに、事件の成立条件が変わってる”んです」
久瀬の目が細くなる。
「……なるほどな」
その一言で空気が変わる。
有馬が嫌そうに言う。
「分かってんのかよそれ」
久瀬は静かに答える。
「分かっているというより、“確認した”」
白鐘が息を呑む。
「確認……?」
久瀬は資料を一枚取り上げる。
そこには事件の構造図がある。
だがその図は、見るたびに形が違う。
久瀬は続ける。
「俺が“犯人Aだ”と思った瞬間」
「この図はAを中心に再構成される」
「俺が“犯人Bだ”と思えばBになる」
有馬が固まる。
「いやそれ……ただの思い込みじゃね?」
久瀬は否定しない。
「普通ならそうだ」
だが白鐘が震える声で言う。
「でもこの事件は……違う」
久瀬は頷く。
「そうだ」
沈黙。
雨音が一段だけ強くなる。
白鐘が小さく言う。
「じゃあ……私たちの推理って」
久瀬は短く答える。
「選択だ」
有馬が顔をしかめる。
「選択って何をだよ」
久瀬は静かに言う。
「どの現実を成立させるか」
その瞬間、資料室の照明が一瞬だけ白く飛ぶ。
戻ったとき、白板の構造が変わっている。
有馬が叫ぶ。
「おい!また変わったぞ!」
白鐘は白板を見て震える。
「……今の推理、反映されました」
有馬が混乱する。
「誰のだよ!」
久瀬は答えない。
ただ自分の思考を見つめている。
“まだ確定していない世界の中で、思考だけが先に進んでいる感覚”
久瀬は静かに言う。
「この事件はもう“発見”ではない」
白鐘が顔を上げる。
「じゃあ……何なんですか」
久瀬は答える。
「選択だ」
有馬が呟く。
「それもう事件じゃねぇだろ」
久瀬は否定しない。
その代わり、窓の外を見る。
雨は同じように降っている。
だが一粒一粒が、“別の可能性”を持って落ちているように見える。
久瀬は確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「推理そのものが、現実の分岐点になっている」
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