第15話『犯人候補の増殖』
資料室の空気が、少しだけ“重くなっていた”。
白鐘雨音は、被害者の資料の横に新しいファイルを並べる。
それは犯人候補リストだった。
有馬が覗き込む。
「お、やっと犯人出てきた?」
白鐘は首を振る。
「違います」
久瀬の視線が動く。
「候補か」
白鐘は頷く。
「はい。でも……」
言葉を選ぶように間を置く。
「増えてます」
有馬が眉をひそめる。
「増えるって何だよ」
白鐘はファイルを広げる。
そこには同じ事件の犯人候補が並んでいた。
――A
――B
――C
どれも以前の記録では存在しなかった名前だ。
有馬が呆れる。
「いや、追加捜査で増えただけだろ」
白鐘は即座に否定する。
「違います」
「“最初から全部あったことになってる”んです」
沈黙。
久瀬が静かに言う。
「後付けではない」
白鐘が頷く。
「はい」
「気づいたら“最初からそれが正しかった”ことになっているんです」
有馬が嫌そうに言う。
「それもう歴史改変じゃん」
久瀬は資料を見ながら言う。
「改変ではない」
「固定の遅延だ」
白鐘が顔を上げる。
「固定……?」
久瀬は続ける。
「事実が決まるまでに時間がかかっている」
その言葉で空気がわずかに締まる。
有馬が呟く。
「つまり……今はまだ確定してないってこと?」
久瀬は短く答える。
「そうだ」
白鐘が小さく言う。
「でも、確定に向かってるのは感じます」
その瞬間だった。
ファイルの文字が一瞬だけ揺れる。
誰も触れていない。
だが、Aの名前が一瞬だけBに見えた。
次の瞬間には戻る。
有馬が目をこする。
「今の見えた?」
白鐘は黙っている。
見えていた。
だが、説明できない。
久瀬は静かに言う。
「犯人が増えているんじゃない」
白鐘が顔を上げる。
久瀬は続ける。
「“犯人になる可能性が増えている”」
その言葉に、有馬が呟く。
「それって……違うのか?」
久瀬は答えない。
代わりに窓を見る。
雨は変わらない。
だがガラスに映る自分の影が、ほんの一瞬だけ“別の顔”に見えた気がした。
白鐘が小さく言う。
「この事件……もう一つの顔があります」
久瀬は静かに頷く。
「まだ見えていないだけだ」
そして確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「犯人という概念そのものが揺れ始めている」
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