第14話『被害者の輪郭』
資料室の空気は、まだ静かだった。
だが、その静けさの中に“違和感の重さ”だけが沈んでいる。
白鐘雨音は、被害者の顔写真を机に並べていた。
「久瀬さん……これ見てください」
有馬が覗き込む。
「同じ人だろ?」
白鐘は首を振る。
「“同じ人のはず”です」
その言い方に、久瀬の視線が動く。
「はず?」
白鐘は写真を指す。
「この被害者、記録上は同一人物です」
「でも……顔の印象が違います」
有馬が眉をひそめる。
「いや写真なんて角度とか光で変わるだろ」
白鐘は即座に否定しない。
ただ静かに続ける。
「そういう違いじゃないんです」
久瀬は写真を手に取る。
どれも同じ人物のはずなのに。
微妙に“別人のような気配”がある。
完全な別人ではない。
しかし同一人物とも言い切れない。
久瀬は静かに言う。
「輪郭が揺れている」
白鐘が小さく頷く。
「はい……」
有馬が不安そうに言う。
「それってつまりさ……」
「被害者が複数いるってこと?」
白鐘は答えない。
その代わり資料をもう一枚出す。
そこにはこう書かれている。
――被害者:A(確定)
――被害者:A(別記録)
有馬が固まる。
「は?」
「同じ名前が二つ?」
久瀬は静かに言う。
「違う」
「“同じ名前に見えているだけ”だ」
白鐘が顔を上げる。
「どういうことですか」
久瀬は資料を見たまま続ける。
「記録が対象を固定できていない」
「だから同じものを複数として扱っている」
沈黙。
雨音だけが一定に続く。
だが、その雨の“粒の落ち方”が微妙にズレている気がする。
有馬が呟く。
「もうこれ事件じゃなくね?」
白鐘が即座に否定する。
「いえ……事件は成立しています」
「ただし、成立の仕方が変です」
久瀬は窓を見る。
そこにはただの雨景色がある。
だが一瞬だけ、窓の外に“誰かの影”が映った気がした。
次の瞬間には消えている。
久瀬は静かに言う。
「被害者が揺れているんじゃない」
白鐘が息を呑む。
「じゃあ……何が……」
久瀬は短く答える。
「事件が被害者を探している」
その言葉に、部屋の空気が一段だけ冷える。
有馬が小さく言う。
「それもう……刑事ドラマじゃねぇよ」
久瀬は答えない。
ただ確信だけが少しずつ固まっていく。
この事件はまだ壊れていない。
だが確実に――
「対象の形が定まらなくなっている」
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