第13話『記録の後追い』
白鐘雨音は、机の上に並べた資料をじっと見ていた。
同じ事件。
同じ日時。
同じ証言。
だが、何かが噛み合っていない。
「……やっぱり」
有馬が顔を上げる。
「まだやんの、それ?」
白鐘は資料を指でなぞる。
「この事件記録、更新履歴が残ってます」
久瀬の視線が動く。
「更新?」
白鐘は頷く。
「でも“誰も更新していない”んです」
有馬が首をかしげる。
「意味わかんなくね?」
白鐘は続ける。
「時間だけが後から付け足されてるんです」
その言葉で空気が少しだけ変わる。
久瀬は資料を受け取る。
そこには確かに奇妙な痕跡があった。
――記録更新:本日 09:13
――記録更新:本日 09:13
同じ時刻が二重に刻まれている。
有馬が顔をしかめる。
「バグってるだけじゃね?」
白鐘は即座に否定する。
「でも内容は違います」
「片方は“被害者発見前”の情報」
「もう片方は“発見後”の情報です」
沈黙。
久瀬が静かに言う。
「順序が重なっている」
白鐘が頷く。
「はい」
有馬が呟く。
「それってつまり……」
久瀬は言葉を引き取る。
「原因と結果が同時に記録されている」
その瞬間、資料室の空気がわずかに重くなる。
白鐘が小さく言う。
「でも……現場には矛盾がないんです」
「現実は一つなのに、記録だけが複数ある」
有馬が頭をかく。
「もうそれ現実のほうがおかしいだろ」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だが、ガラスに映る雨粒の動きがほんの少しだけ遅れている。
久瀬は静かに言う。
「記録が現実に追いついていない」
白鐘が顔を上げる。
「追いついていない……?」
久瀬は答える。
「いや」
「“追いつこうとしている”」
その言葉で白鐘の背筋がわずかに冷える。
有馬が小さく言う。
「それ何が違うんだよ」
久瀬は短く答える。
「まだ固定されていないということだ」
沈黙。
誰も笑わない。
誰も冗談として扱えない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「正しさの順番が揺れている」
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