第12話『一致しない記憶』
資料室の空気は静かなままだった。
だが、その“静かさ”が逆に不自然だった。
白鐘雨音はファイルをめくる。
「さっきの通報記録、もう一度確認します」
有馬が椅子にもたれる。
「まだ気にしてんのかよ、それ」
白鐘は無視して続ける。
「第一通報と第二通報、両方残っているのは事実です」
「でも……」
彼女は言葉を切る。
久瀬が視線を向ける。
「でも?」
白鐘は小さく言う。
「誰に聞いても“二回通報された記憶がない”んです」
有馬が眉をひそめる。
「は? 記録あるんだろ?」
白鐘は頷く。
「はい。でも“記憶だけが一致しない”」
その言葉で空気が変わる。
久瀬は静かに言う。
「記録はあるが、記憶がない」
白鐘は答える。
「はい」
有馬が嫌そうに言う。
「それもうどっちが正しいとかじゃないじゃん」
久瀬は資料を閉じる。
「どちらも正しい可能性がある」
白鐘が顔を上げる。
「そんなこと、あるんですか」
久瀬は短く答える。
「普通はない」
その一言が逆に重い。
雨音が少しだけズレる。
誰もそれに明確には気づかない。
だが“違和感だけ”が残る。
白鐘が小さく言う。
「じゃあ……今の世界は」
久瀬は窓の外を見る。
「どちらでもない状態だ」
有馬が呟く。
「なんだよそれ……」
その時だった。
資料室の照明が一瞬だけ揺れる。
誰もスイッチには触れていない。
白鐘が顔を上げる。
「……また」
有馬が天井を見る。
「停電?」
久瀬は静かに言う。
「違う」
「“観測の遅延”だ」
白鐘が息を呑む。
「観測……?」
久瀬は続ける。
「事実が確定するのが、少し遅れている」
その言葉に、有馬が黙る。
いつもなら冗談で流すところだが、今回は違う。
“遅れている”という感覚だけが、妙にリアルだった。
白鐘が小さく呟く。
「残響って……やっぱり」
久瀬はそれ以上言わせないように視線を向ける。
「まだ断定するな」
白鐘は頷く。
だが、彼女の目は確信に近づいていた。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「正しいものが、少しだけ遅れている世界」になっていた。
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