第11話『消えたはずの一致』
雨音は戻っていた。
取調室の空気も、何事もなかったように平常に見える。
有馬が頭をかく。
「さっきの……夢じゃないよな?」
白鐘は即答しない。
資料を見ている。
だが、その手がわずかに止まっている。
「……夢じゃ、ないです」
久瀬は黙ったまま白板を見る。
そこにはさっきまでの事件概要が書かれている。
――正しいはずの記録。
白鐘が言う。
「ただ……」
有馬が顔を向ける。
「ただ?」
白鐘は小さく続ける。
「一箇所だけ、引っかかります」
久瀬が視線を上げる。
「どこだ」
白鐘は白板の一部を指す。
「この“被害者の発見時刻”です」
有馬が覗き込む。
「え、合ってるだろ?」
白鐘は首を振る。
「合ってます。でも……」
「この事件、通報が“二回あった”記録になってます」
空気が止まる。
有馬が眉をひそめる。
「は? それ初耳なんだけど」
白鐘も困惑している。
「でも資料には……」
久瀬は静かに資料を取り上げる。
そこには確かに書かれている。
――第一通報:午前2時
――第二通報:午前2時(同時刻)
有馬が呟く。
「いやそれおかしいだろ」
白鐘が顔を上げる。
「普通なら片方消えます」
「でも両方残ってるんです」
久瀬は資料を見たまま言う。
「消えない方が問題だ」
白鐘が反応する。
「え?」
久瀬は続ける。
「通常なら“矛盾は修正される”」
「でも今回は“矛盾が共存している”」
有馬が嫌そうに言う。
「それ何が違うんだよ」
久瀬は短く答える。
「現実の整合性が働いていない」
その言葉で空気が少しだけ重くなる。
白鐘が小さく言う。
「……でも、誰も気づいてないんです」
有馬が頷く。
「普通に仕事回ってるしな」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だが、音だけが少しずれている。
わずかに“遅れている”ような感覚。
久瀬は静かに言う。
「女が言っていたことと一致する」
白鐘が顔を上げる。
「残響、ですか?」
久瀬は答えない。
ただ一つだけ確かなことがある。
“何かが消えたあと、まだ残っている”
それだけだ。
有馬が資料を閉じる。
「まぁでもさ」
「結局何も起きてないんだろ?」
その瞬間。
白板の文字が一瞬だけ滲む。
誰も触れていないのに。
久瀬の視線が止まる。
白鐘もそれに気づく。
「……今の」
有馬が見る。
「え?」
白板はもう元に戻っている。
久瀬は静かに言う。
「起きている」
白鐘が息を呑む。
「何が……?」
久瀬は短く答える。
「“起きたことが起きていない扱いになっている”」
その言葉に、誰も返せない。
雨音だけが、静かに資料室を満たしていた。
そして久瀬は確信する。
この事件はまだ“壊れていない”。
だが――
確実に“ずれ始めている”。
読んでいただきありがとうございます。
感想・評価励みになります。




