第10話『一つだけ合わない証言』
取調室の雨音は、一定のリズムを保っていた。
外の天候と関係なく、ここでは常に“同じ雨”が続いている。
それは変わらないはずの前提だった。
白鐘雨音は資料を読み上げる。
「被害者は昨夜23時ごろ、自宅で倒れているのが発見されました」
有馬が頷く。
「で、通報者が第一発見者と」
記録は矛盾していない。
現場写真も一致している。
証言も食い違いはない。
――普通なら、ここで終わる事件だった。
久瀬黎司は静かに資料を見ている。
「通報者の供述は」
白鐘が資料をめくる。
「“最初から誰もいなかった気がする”……です」
有馬が眉をひそめる。
「いや、それ証言になってなくない?」
白鐘も困惑する。
「本人もそう言っていて……曖昧で」
久瀬は少しだけ目を細める。
「曖昧じゃない」
全員が久瀬を見る。
久瀬は続ける。
「“最初からいなかった”と“途中でいなくなった”が混ざっている」
白鐘が戸惑う。
「でも記録は全部一致してますよ?」
有馬も頷く。
「そうそう、現場も証言もズレなし」
久瀬は静かに言う。
「だからおかしい」
その言葉で空気が少しだけ変わる。
雨音がわずかに強く聞こえた気がした。
久瀬は続ける。
「一致しすぎている」
白鐘が聞き返す。
「一致しすぎる……?」
久瀬は資料を置く。
「普通は“どこかにズレ”がある」
「だが今回はズレがないのに、違和感だけがある」
有馬が首をかしげる。
「それただの気のせいじゃ……」
その瞬間、白鐘が小さく言う。
「でも私も……少しだけ変だと思ってました」
全員が沈黙する。
久瀬は窓の外を見る。
雨は変わらない。
だが“記録されている雨の降り方”だけが、微妙に遅れている気がした。
久瀬は静かに言う。
「まだ事件は壊れていない」
「ただし――」
そこで一度言葉を切る。
白鐘が問う。
「ただし……?」
久瀬は答える。
「事件の“前提”が少しだけズレている」
その瞬間、取調室の時計が一度だけ“カチッ”と鳴った。
誰も動いていないのに。
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