真白魔法(若様ターン)
自室で舞踏会に着る白い礼服を試着していた。
鏡に映る俺は、よく言えば細マッチョだが、温かさや貫禄が足りず余裕なく見える。魔力不足な自分は、周囲の者を守るには身体能力だけが頼りで、鍛錬ばかりしているせいだろう。
小娘はうちから王都に通うことにしたそうだ。
邸内のみんなはそれを心から喜んでいた。俺にとってはどっちでも構わない。ただ、侯爵領の住人なら俺にも継続して守る義務があるが、王都で独り暮らししたらシュデックス家の責任範囲から外れる、その違いだけだ。
王都に引っ越して独立開業したいらしい、と父上に報告したのは俺だから、アッシュ叔父に物件探しの徒労をさせたのは悪かったかもしれない。
小娘の真意を測れなかったのだ、また失敗だ、俺には全く人の心がわからない。
父上やアッシュ叔父のように念波で通じ合えるわけでもない。他人の考えなんて、俺にはひとっ欠片も見えないものなのだ。
できる大人たちに囲まれて、俺がどれだけの劣等感に苛まれているかは誰も知らない。
俺に宿る「真白魔法」ほど役に立たないものはない。
よく言えば人の影響を受けない。魔法攻撃も脳内ハッキングも跳ね返すことができる。
だが、その逆に、俺が他人に魔法をかけることもできない。俺には物理攻撃しかない。
不思議にも、心に疚しいことのあるヤツは、俺と話すと嫌な気分になるらしい。
真っ白さが鏡になって、相手の醜さを映し出すそうだ。
とはいえ、嫌悪感を持たれても、こちらは跳ね返しているだけで自分の頭には入って来ないから、傷つけていてもわからないし反省のしようもない。
同じ真白魔法を持つシェリル叔母がなぜあんなに他人に心優しくいられるのかわからない。
アッシュ叔父が言うには、昔、従軍から帰った直後、叔母の前では自分のイヤなところが浮き彫りになって、離婚も覚悟したって話だったが。
でもふたりは別れることなく深く愛し合っている。
叔母の特技、薬草学の知識は、まるで彼女の心の真っ白な画用紙に押し花の標本を貼り付けて何百冊も持っているかのようだと評される。
俺にも、叔母のような特技があるのだろうか?
まだ発現していないのか、俺の心の磨き方が足りないのか、空っぽな出来損ないなのか。
俺には自分自身が一番わからない。
真白魔法は「シュッドの魔法」とも呼ばれる。シュデックス家特有の、という意味に加え、「こうするべき、こうあるべき」という方法が考えるまでもなく思い浮かぶというのだ。
例をあげれば、森で独り置き去りにされても、迷わず家に帰って来れる、とかだ。
確かに、小さい頃は悩みは何もなかった。自分のすることすべてが正しかったから。
大人になって、他人と関わるにつれ、自分の情報不足や前提の間違いから判断が狂う事が増えた。
あの小娘を「魔女だ」と思ったから両手を縛った。
迷い込んできた女の怪我人だと判断していれば、もっと丁重に扱ったはずだ。そうすれば今ほど嫌われなかったのかもしれない。
父上はシュデックス家に生まれながら、魔法特性は真っ白ではなく、「青空にぼっかりと浮かぶ白い雲」で、柔和で視野が広く、苦も無く人の気持ちを吸い上げる。
父に似なかった自分はあまりにちっぽけで役立たずな気がする。
突然現れた異国のあの娘に関しては、お手上げ状態に何もかもうまくいかない。会話も続かない。
そう、だから、距離を置いておくべきなんだ。
今俺が準備しているのは、来週に開かれる王家主催の収穫祝賀パーティ。
次期侯爵としての振る舞いは身についているから考えなくてもできるとしても、婚約者のマライア・アンテックス伯爵令嬢のエスコートをするかと思うと気が重い。
俺も既に18歳、この国では結婚してもおかしくない年齢ではあるのだが、最近はマライアからの圧が凄い。
妻帯すれば、父侯爵の引退までは通常、シュデックス伯爵として、領地の一部を独立管理するのがこの国のならわし。
独立はしてみたいと思う。「令息」という呼ばれ方より「伯爵」という自身の爵位を持てるのもいい。
父上が年老いたらシュデックス領全体を譲られるのだ、早いうちから小規模で領地経営を練習しておきたい。
だが問題は、興味の持てない女と暮らさねばならぬということ。
マライア嬢は両親、特に母が決めた相手であって、俺にとっては可もなく不可もない。
16歳になった時に、俺が誰も好きになれないと言ったら、「それはあなたの真白魔法のせいよ。相手があなたに慣れてくれたらお互い心開けるわ」と母が連れてきて。
父上は、「真白魔法はやっかいだよね。シェリルも14歳からアッシュの許嫁になってそのままだし。とりあえず、続くようならお付き合いしてみれば?」といつも通り軽かった。
マライアの家、アンテックス伯爵家はうちの領地の南側に位置し、王都から見ると最南端に当たる。牧畜が盛んでかなり裕福だ。
マライアはそこの長女。弟が跡を継ぐにしても、うちとアンテックス家の繋がりが強まると、国の南に大きな勢力ができる。
それは王家を脅かすことにならないのか?
父や俺の代でそんなつもりはないにしても、将来的に、誰かが野心を持ったら。
マライア本人は俺の前で魔法を見せないが、弟は炎上魔法の達人。
もし俺に息子ができて、炎上魔法を持って生まれたら、俺はソイツを抑えられるのか?
マライアの父親が野心家で俺たちの結婚に乗り気過ぎるのが逆に恐ろしい。
ふと、占い師の小さな顔が浮かんだ。
「俺も手相を見てもらえば自分の進む方向が見えたり、結婚するべきかどうかわかるんだろうか? 自分に自信が持てるようになったりするのか?」
そう呟いてしまってから頭を振って否定した。
俺は、両親にも手相にも人生を決められたくないと、心に決めたはずだ。




