手相の嫌いな誘拐犯たち
誘拐犯たちは殺人はしたがらないし、襲われそうでもない。
質問をすれば返してくれる、妙に話の通じる二人組だ。
それならば、と、あたしの置かれた状況が少しでもわかるように、もっと話を振ってみましょうか。
「乗ってきた馬車ってどこに繋いでるの?」
「既に隣の倉庫に格納済みだ」
あら、じゃあ、ティエリ様の鳥瞰力でも見つけられないわね。
折角朝になったのに。
「あたしのノート、取って来てもらえないかしら?」
「はあ? アンタこれから死ぬのに占いのノートが必要なのか?」
「だから死なないって。あたしには龍神様のご加護があるから、水難では死なないのよ」
男たちはとっても嫌そうな顔をした。スピリチュアルは苦手な顔。
「どうしてあたしに舟の運転ができないと思うの? そこらを走らせてからまたこの港に戻ればいいじゃない」
「ハハハハハ」
男たちは安心したように笑った。
「無知なだけじゃねぇか。ここの潮はな、すっごく速くて、離岸流に乗って外に出てしまったら小さなエンジンじゃ戻れねぇ。外を大きな海流が走っててな、西へ西へと流されるんだ」
「ここいらの漁民はちゃんと潮を読んで漁に出るんだぜ」
あ、この人たち、元々はここが地元なのかしら。
沿岸部は王家直轄地になったけど、以前はアンテックス家の領地だったってアッシュ公爵が言ってたような。
「今その離岸流が出る、干潮に変わる時刻を待ってるんだよ。だからさっさと手紙を書け」
主犯格さんは「漁村の網元」みたいな人な気がしてきた。
ここの海は、なんか壇ノ浦の古戦場みたいな潮の速さなのね。ジブラルタル海峡でもいいけど。
漂流して飲料水もなく食べ物もなく死んでいくのはキツそう。溺れたほうが楽かな。
いやいや、海に出ないのが一番に決まってる。のらりくらりとおしゃべりしながら、逃げる隙を見つけなきゃ。
ではまず手紙をしたためて。えーと。
まことに申し訳ないことなが
ら、次の国へ旅立つことに
いたしました。何くれとお世話いただきどうも
ありがとうございました。
御礼の言葉も尽くせません。このような不束
者のことは忘れ幸せになってください。恵茉
トリスタン様
「お前、やっぱりトリスタン侯爵令息とできてんだな」と、主犯格。
「にしても、下手くそな手紙だな」ともう一人。
御者さんのことが心配だろうから、マライアさんのところに居るらしいと言いたくて、縦読みで「マライア御者」になるように書いたらこんな風になっただけ。
カトリン奥様宛てでも、ティエリ様宛てでもよかったけれど、御者さんを助けるのは「トリスタン様」だろうと思ったから、若様宛てにした。
それをどう解釈されようが、あたしはどうでもいい。
さて、次の時間稼ぎは、と。
「あなたたちの手相を見て差し上げましょうか?」
「え、俺はいいよ。信じてない」
「俺も」
「あなたたち、とっても紳士的ですよね。殺人もしたがらない。それはこの国の刑法が厳しいから?」
「殺人が発覚したら、その場で殺されても文句言えねぇ」
「あら、そうなの。目には目をって感じなんだ。業務上過失致死、とかは?」
「なんだ、それ?」
「だから、あなたたちはあたしの出国を手伝うために、舟にエンジンをかけてくれるのよね? 善意を持ってしてくれたことかもしれないけれど、あたしは死んでしまう。あたしを死に至らしめてしまった罪にはならないの?」
「そ、そんな罪があるのか?」
「ないの? あなたたちには海の知識がある。舟の動かし方も知ってる。知ってるくせにあたしを見殺しにするんでしょ? 止めるべきじゃない?」
「お、俺たちはアンタが舟を出してって脅すから仕方なしに……」
「あ、そうか、それなら罪にならない?」
「そうだよ、アンタは御者を脅してここまで来た筋書きになってんだから、俺たちも脅されたんだ」
「ふぅーん、そうなの。 占い師って脅すの得意そうだものね」
あたしはにっこり笑って見せた。
この国って犯罪がとっても少なそうだから、刑法とか裁判とか、そんな話聞きもしなかったわ。
そういえば、収穫祭の任命式で新しい裁判長さんが拝命されてたっけ。
「あなたたちのしたことが罪に問われるかどうか、占いましょうか?」
男2人はびくりと顔を見合わせた。
彼らは罪自体も、あたしの「占い師」という職業も恐がっている気がする。
「まずは、御者さんに怪我をさせたのよね? これは傷害罪になるでしょうね」
「御者はアンテックス領で幸せに暮らすから、怪我が治れば恨みっこなしだ」
シュデックス家への忠義も忘れるほどに、幸せに溺れさせるのは大変じゃない?
自分が襲われかけているのに敢えて、あたしに「逃げろ!」と声をかけてくれた御者さんだもの。
「あたしが死ねば、あなたたちのしたことは闇に葬れるけれど、もし他国の船に救助されて戻ってこれたら、あたしに何をしたか、王様に筒抜けになるわよ?」
「「……」」
二人ともバツが悪そうに黙ってしまった。
潮の緩い時に沖に出て、あたしを海に投げ込んで、死を確認して戻ってくればいいだけのことなのに、本当に手を汚したくないんだ。
「バレるかどうかじゃねぇんだよ……」
手下のほうが呟いた。主犯格が「おいっ!」と制止している。
「俺たちにゃ『オーラ』ってもんがあって、罪を犯すと色が濁るんだ……」
オーラのことは聞いていた。
あたしには見えないけれども、例えばアッシュ公爵が紫で、彼はよく紫の魔素を飛び散らかすって。
「その濁りが、王家の者には見えるんだとよ」
「そ、そうなんだ」
今度はあたしが驚く番だった。
「だから、この国の者は良心の呵責になることは極力しねぇ。俺たちはアンタを舟に乗せて出航させる。それは殺したいからじゃない。死ぬかどうかは俺たちの知ったこっちゃねぇ」
と、言われても。
「それには無理があるわよ。さっきも言った通り、あなたたちは、あたしが死にやすい条件を整えて舟を出そうとしてるんでしょ? 良心の呵責になるに決まってるじゃない」
「「……」」
二人はまた押し黙る。この国の人たちってとっても純粋なんじゃないかしら?
「マライア様の言うことを聞かないほうが『良心の呵責』になるの?」
「バカ!」
手下が頷こうとして主犯格が頭を小突いた。
この二人のために、あたしは自分の意志で隣国に行ってあげたくなるくらい、情けない誘拐犯たちだ。
「隣国に行く船が出る港は近くにないの?」
「「え?」」
「あたしがそれに乗れば死なないし、あなたたちは『良心の呵責』から逃れられるし、マライア様もあたしがいなくなって満足なんじゃない?」
誘拐犯たちが顔を見合わせて賛同しかけたところで、倉庫のドアがバーン!!と開いた。
「恵茉――――――!!」
と、怒鳴る声がする。
逆光の戸口に仁王立ちする人影は、トリスタン様だった。




