ナルシスト線
その日の夕方、占い館を閉める時間になって、表に馬車の音がし、飛び込みの占い依頼があった。
受付に入ってきたのは『お忍びの貴族令嬢』という風情の方で、頭にはスカーフと黒い頭巾(上着には縫い付けられてないから魔女服ではない)、ドレスの上にマントを着込んでいる。
「今すぐ占ってちょうだい」
かなり上から目線で言われた。
「占わないと帰らない」という圧を存分に押し出していて、あたしは片付けかけたテーブルの上をまた元に戻した。
占い衣装をまだ脱いでなくてよかったと思いながら。
「では拝見させていただきます」
フォークより重たいものは持ったことがないような柔らかく白い、綺麗な手だった。
スペード爪でないことを確認して、ちょっとホッとした。
「とても若々しく、生命力に溢れた相ですね、どんな困難が立ちふさがっても打開して強く生きられるでしょう」
依頼人の手相は、どの線もくっきりはっきり、「思い通り生きてやる!」と主張しているようだった。
手を開いた時に親指が反らず、真っ直ぐ立ち上がっているのも同じ意味。
次に気が付いたのは、かなりな「ナルシー」だということ。
人差し指と中指の間から、2本、短い線が出ている。
それが感情線とは繋がってない。
これは紛れもない「ナルシスト線」。
可愛いのは自分。
感情線の先が三叉に分かれ、人差し指に到達する、王妃様のケース、愛する人の運を爆上げする『幸運の女神線』とは対照的。
依頼人のナルシスト振りを裏付けする特徴が手相にもう一つ出ていた。
頭脳線が生命線の始点より5mm以上、上から出ているのだ。
あたし自身の手相が、頭脳線と生命線は同じところから始まっているから、目の前の手相が大層珍しく感じられた。
「うわぁ、ナルシスト始まりってほんとにあるんだ」と心の中で呟く。
ご依頼人様は、とあたしは落ち着きを装う。
「ご自分の持つ魅力に自信を持ち、壮大な人生設計を描くことのできる方です」
「ナルシスト」の良い側面をまず述べる。そして、
「周囲の方のご忠告を頭から否定せずに、耳を貸せるようになると、もっと運勢が好転します」
「自分に酔い過ぎないようにすることです」という忠告はやめておいた。
俯いた頭の頭巾とスカーフの下からひと房のストロベリー髪がこぼれ出たから。
ーーーーマライア嬢!
あたしは急激に納得した。
トリスタン様の真白魔法の鏡に照らされても「恥」も「劣等感」も「疚しさ」さえ感じないほどのナルシスト。
若様の前で「私、素敵でしょ、欲しいでしょ」と思い込める人。
収穫祭パーティの日に、「無料で占って差し上げます」と言ったのはあたしだ。
そして若様との破談が確定して、彼女はこの場に来た。
なら何か、マライア嬢が未来を向けるよう、何かいいきっかけになる印を見つけなくては。
あたしは彼女の右手にペンライトを当てて、くまなく見回した。
「あっ!」
小じわの中にフィッシュを見つけた。二本線が交差して、魚の形になっている。尾びれもちゃんと見える。月丘と呼ばれる、小指側の手首の上に。
これは……。
「幸運の訪れが見えます。ご自身の才能が開花する印。クリエイティブな分野であなた様は成功されるでしょう」
「は!」
ガタン!
マライア嬢は侮蔑のような声を上げると手を素早く引いて立ち上がった。
「アンタ、何様なのよ? 勝手にシュデックス家に住み着いて、かき乱して、人の婚約ぶち壊しておいて、『困難に負けない、自分の才能で成功する』ですって? 泥棒猫! 私からトリスタンを奪って満足?!」
「いえ、あたしは……」
若様を奪ってなんかない。奪えるわけもない……。
でも、マライア様から見れば、あたしのせいに見えるのかもしれない。
「この流れ者の寄生虫! アンタなんかうちの舟で海に流してやるわっ!!」
バタンと大きな扉の音を立てて、マライア嬢はいなくなった。
どっと疲労を感じた。せめて前向きなことを言おうと思って紡いだ言葉が、マライア様には嫌味に聞こえてしまった。
自分はまさしく『寄生虫』だという思いも心を暗くした。
占い館を閉めて玄関前に立っていると、シュデックス行きの最終便の馬車が止まってくれた。
「いつもありがとうございます」
と顔見知りの御者さんに声をかけて中に座った。他に乗客はいない。
いつもより1時間遅いだけで、辺りは漆黒の闇になっていた。
こんな暗い中、一人で帰宅するのは初めてで、窓にぼんやり映った自分の影に「トリスタン様……」と呟いていた。
彼らの婚約破棄は性格の不一致のせい。あたしなんてひとっ欠片も関係ない。あのバルコニーでふたりの話を止めただけ。
あたしはただの寄生虫……。
馬車の振動が優しくなる。王都の石畳を抜けて土の道に変わった証拠。
収穫祭の後、シェリル様と若様と帰った時はこれほど心細くはなかったのに。
ガクン!
馬車が音を立てて止まった。
「占い師様、逃げろ!」
御者さんの声がした。
「えっ?」
と、思う間に、馬車の扉は外から固定されてしまったようで、ガタガタと揺らしてみても、右も左ももう開かなかった。
「静かにしてもらいましょうか。遠乗りになるので、寝ていてくださって構いません。ガハハハハ」
下卑た笑いが外にして、馬車はまた動き出した。
手荒に左折した後、かなりのスピードを出しているようで、掴まっていても身体が上下に飛び跳ねる。
馬車を乗っ取られたらしい。御者さんは怪我をしたのか、殺されたのか。
バカだ、油断していた。
あたしはマライア嬢に憎まれていて、彼女はあたしを海に流してやるって叫んでた。
側近の者に命じてあたしを拉致するなんて簡単なことだ。




