若様は3Dプリンター
なぜティエリ侯爵が、あたしをジオラマに誘ったかは最後までわからなかった。
わかったことは、若様は高性能のスキャン付き3Dプリンターみたいな人だということ。
アッシュ公爵と一度空から眺めただけで、あのジオラマの基本構造は造ってしまっていた。それも6歳という年齢で。
やっぱりすごい才能の持ち主じゃない。
そして、子どもの頃、異性だと思ったルーナスさんに初恋を抱いたんだ。
カールした金髪に青い瞳の天使のような6歳の若様に、綺麗な黒髪を靡かせるヌーナちゃん。すごくお似合いの二人な気がした。
はにかみやさんで口下手同士、同じ景色を黙って眺めているだけで幸せに思えるようなカップル。言葉に詰まってプイッて顔を背けるヌーナちゃんを可愛くて仕方ないって甘やかす若様。
ヌーナちゃんへの初恋を今も引きずってるから、恋人ができないのかも。
トリスタン様は、理性的に見えて結構、感情面に左右されやすいと思う。
人の気持ちに敏感な人。
翌日から、あたしの生活のルーティンが戻ってきた。
朝起きて身支度をして王都に出かける。
手相占いをする。
帰ってデータを纏める。
どんなアドバイスをすれば相手の気持ちが楽になるか考える。
ルーナスさんの小指の爪のことは、結局アッシュ公爵にもシェリル様にも聞けなかった。
おふたりが、自分の息子のようにルーナスさんを愛していることは見て取れるし、ルーナスさんがどれだけジェシカ様を大切にしてるかもわかる。
彼がこの国の敵にまわるはずは、ない。
だから焦って王様に報告する必要もないと思う。
若様がマライア嬢のお宅に行って頭を下げた話はカトリン奥様から聞いた。
もうトリスタン様の心が離れてしまったことは理解してくれたようだけど、慰謝料で揉めてるとか。
若様が言っていた、自分の領地の割譲については国王の許可がもらえず。
「アンテックス伯爵家にうちの侯爵家同等の勢力を与えちゃダメなんですって。この国では、公爵や侯爵家は王家との血筋が明白なのよね。伯爵家以下は血が繋がってないか、とっても薄いか」と奥様。
「奥様はアンテックス家ご出身では?」
「私は分家、アンテックス男爵令嬢だったわ。ティエリに見初められるなんてとんだ玉の輿。シェリル侯爵令嬢の義姉になるなんて、恐れ多くて手が震えたわよ。舞踏会や王宮での身の御し方、全部一から教えてもらったわ」
初めてカトリン奥様に会った時、この人を『典型的な貴族夫人』だと感じた。きっと、元の身分が低かったから、その分努力してティエリ様に釣り合うよう振舞ってきたのだろう。
あたしに分け隔てなく優しくしてくださったのも、ご自分の苦労があったせいかもしれない。
領地の割譲について、疑問だったことを奥様に聞いてみた。
「あたしはここシュデックス家で身に余るご厚意を受けています。住んでいる領民の皆さんも、シュデックス領民のままでいたいと思っておられるんじゃ?」
「そうなのよね。領主が変わるって、税金を納める先が変わるだけじゃないもの。そこがわからないなんて、トリスタンもどうかしてるわ」
カトリン奥様は貴婦人らしい優雅なため息を吐いてから苦笑した。
「マライアちゃんならお金をもらったほうが喜ぶわよ。王都のファッションハウス、全部買い占めたいんじゃないかしら」
収穫パーティで白い燕尾のトリスタン様の横で、ストロベリーヘアにカラフルなドレスを纏っていたマライア様が思い起こされた。
上流貴族令嬢たちはベージュや真珠色ドレスが多く、彼女はまばゆく目立つ。色味は多いけどうまく着こなしていた。
逆に彼女がベージュドレスにしたら、髪の毛のほうが浮いてしまいそう。
そんなこんなで季節は冬に突入し、王都への出勤も寒い日々となった。毎朝雪がちらつく。酷く積もりはしないので、馬車の行き来に支障はないようだった。
日が早く落ちるので、魔法学園も早じまい、あたしが占い館を閉めて帰宅する頃には馬車に乗り合う子どもたちの数もぐっと減った。
「うちの王家の魔力は太陽から受けてるって説明したかな?」
とある朝食の席でティエリ侯爵が話してくれた。
「だから、冬はこの国の守りはちょっと弱まるんだ。恵茉君には見えないかもしれないけれど、普段は王宮から光のヴェールみたいなものが出ていて、国土を包んでいる。アッシュは王弟だけあって、アイツもかなりの広範囲を照らしてるんだけど、冬の太陽光は薄いから限度がある」
「国土を包み込むヴェール?」
「ああ、王は意識して光を増幅し、守りに替える儀式をしているんだ。アッシュのはまあ、余力があるから勝手に出てるって感じかな。僕からも少しは出てるんだけど、この屋敷回りを照らすので精一杯だよ」
王家の血筋が大切にされている理由が何となくわかった。公爵とか侯爵とかの身分制度があるのは、地位とか名誉とかよりも、この国を守る力がどれだけあるかってことなんだ。
「言いたかったのは、冬は悪いものが出やすいから気をつけてってこと」
「あ、はい、ご心配いただいてありがとうございます」
あたしは頭を下げて、今日の仕事に向かった。




