昔、ジオラマへ来た魔女っ娘(引き続き若様ターン)
ジオラマに北門から入り、時計回りに見て歩いていた。そろそろ叔父上の領地、西部のウェセックスにさしかかる。
「あ、そう言えば叔父上、この丘の上を平らに均して上空からはℍに見えると父に聞いたのですが、こんな感じですか? 何のマークです?」
「あ、バレたか」
「バレるも何も、僕は参謀長として週に一度、晴れた日に国土を見回し、変化をトリスタンに報告していたからね。平和な最近じゃそれしかしてなかったというか……」
と父上が笑った。
アッシュ叔父が言い訳のような解説をし始める。
「同盟国であるお隣がね、ヘリという魔導飛行船を造ったんだって。隣には飛行機もあるけど、着地するのに長い滑走路が要るだろ? でもヘリには必要なくて、垂直離着陸できるらしくて。その着陸地だよ」
「何で早く言ってくれないんですか! 軍事施設じゃないですかっ!」
「え? オレの親友アクツムが遊びに来やすいようにだよ?」
「魔女だって飛んでくるでしょ?!」
「魔女は着陸基地なんて必要ないよ。勝手に飛んできて勝手に混ざり込むんだから」
「だとしても!!」
俺の心に怒りが先立って次の言葉が継げなかった。
そこへ小娘の静かな声がする。
「近隣の誰かがヘリを持っていること、魔女たちに知らせないほうがいいと思います」
「あ、そうかもな。恵茉君の国にはヘリはあるかい?」と叔父上。
「はい、ありました……」
「軍隊で使うものかい?」
「あ、大型のものは、兵隊や武器を運ぶのに使われます」
「そうか……、参謀長、悪かった、報告が遅れた」
アッシュ叔父は俺を参謀長呼びしやがった。
「それにしても、だ。このジオラマの秘密保持は徹底してるよな。こっちの山に見張り台があることも、この橋が開閉可能で軍艦が通れることも内緒だ」
「空から誰に見られてるか不明だからです」
機嫌を損ねた俺は丁寧語になるのが常。
「魔女にとったらこのジオラマを見に来るなんて簡単か……」
「侵入するのも、です」
「ここに魔女が来たことがあるのか?」
「恐らく。俺も小さかったんでうろ覚えですが」
「それは由々しき問題だな」
叔父上が急に国防総長らしくなる。
「はい。周囲に大きな木を植えて隠そうとも思いましたが、日照の関係でうまくいかず」
「だな、屋根を付けたら盆栽も芝も枯れる」
「どんな格好してた? 恵茉さんが現れたときみたい?」と父侯爵。
「いえ、似ていたのはストレートの黒髪。長さが違う。魔女の髪は腰まで届き、漆黒で動くたびサラサラと靡いて。くるぶしの長さの真っ黒のワンピース、目は青かったと記憶してます」
「よく憶えてるんだな」
これは叔父。
「ジオラマ造ってすぐの頃でした。俺が6歳の頃」
「魔女語を話したか? 『きえちゅ?』とか『くふぇっとぶ?』とか」
「いえ、たどたどしいけど、我が国の言葉でした。『ここ、そっくり』って」
「何と?」
「上から見たのと」
「機密全部漏洩してるのか?」
「残念ながら、軍事施設は造っちゃだめだと理解したのは学園に上がってからですから、1年くらいは見放題だったかと」
「そうか……」
深刻そうな叔父上と違い、俺を止めるべきだったはずの父上はなぜかにこにこ笑って、
「一緒に遊んでたんだろう?」
とツッコんでくる。
「え? 魔女と遊ぶ?」
叔父上は信じられないという顔。
俺は顔が上気するのを止められなかった。
「あ、はい、朝の時間に何度も現れて。何となく一緒に」
ある日、野花を摘んで花束にして渡したら、それからパタリと来なくなった。そんな黒歴史を思い出してしまった。
「ヌーナちゃんだろ、トリスタンの初恋の相手」
父上がからかってきた。
「子どもだったのか?」と叔父上。
「はい、同い年くらいで」
「あら、ヌーナちゃんて突然現れたあの綺麗なお人形さん、モデルがいたのね?」
ヤバい、母上、何てことを暴露するんだ?
会えなくなって人形を作ってしまったこと。
「もしかしてトリスタン、そのお人形、まだ持ってたり、する?」
シェリル叔母がおずおずと聞いてくる。
何だよ、人の初恋を大人4人で寄ってたかって笑いものにしたいのか。
「……」
俺が答えられないでいると、アッシュ叔父が、
「お前の部屋から引き寄せてもいい?」
って聞きやがった。
この叔父は魔法のオールラウンダー、遠くにあるものを手繰り寄せる引き寄せ魔法は大得意ときている。
軍事施設を見せてしまった相手を調べたいのだとしたら、俺には反対できない。
父が叔父に念波でだいたいの外見を伝えたとして、それが魔女っ娘であると確認したいのだとすれば。
ただ頷くと、次の瞬間、真っ黒なレースを着た真っ黒な髪の人形が叔父の腕に現れた。
6、7歳の頃、この人形を抱っこして寝ていたことだけは絶対に内緒だ。
「やっぱりな」
「そうですね」
叔父夫婦が目配せしながら笑いをかみ殺している。
「まだ目の青い頃だな。これからだんだん翡翠色の瞳に変わってくんだ」
叔父は愛おしそうに、人形の髪を撫でた。そしてぽんっと俺に投げ渡す。
「それはルーナスの寝巻姿だ。子どもの頃のね」
「ぶっ!」
ティエリ父上が噴き出して笑う。
「朝、空飛んで遊びに来てたんだろ。お前の力量を正確に知ってるのも当然と言えば当然だな」と叔父。
る、ルーナスだったのか。
ああそうか、女の子だと思って花なんて渡したから機嫌を損ねたのか。
翌年、魔法学園に入学して、髪をひとつおさげに括ったアイツと同クラだったわけだが、あれがヌーナちゃんだなんて気づきもしなかった。
アイツが学園で俺を避けたのは、俺の初恋の夢を壊さないためか?
それとも女扱いした俺を毛嫌いしていたのか。
ルーナスの人形を抱いて寝ていたかと思うと俺も複雑だが、いやヌーナちゃんは別人、綺麗な思い出として取っておこうと改めて心に決めた。
大人4人が存分に笑った後で、父が久々に父親みたいな優しい目線を寄越した。
「恋は真白魔法も少しずつ狂わせるんだよ。恵茉君がうちに現れた時、『魔女だ』とお前が独断したのは、『昔、魔女に侵入された、心まで奪われた』って警戒心が先立ったからじゃないかい?」
俺はそれには答えられなかった。
すると、
「いずれにせよ、トリスタンは参謀長に最適なんだよ。それは国防総長も魔導部隊総指揮も認めてる。本人も観念してくれ」
と、アッシュ公爵が話を戻してくれて、居たたまれない昔の恋バナから離れることができた。
俺はひとりジオラマに残ったが、後の皆は三々五々、屋敷に帰った。




