俺のジオラマ(若様ターン)
更新止まってご迷惑かけました。ここから完結まで、毎日アップします。
皆でぞろぞろとティールームを出て、屋敷から南に、俺のジオラマに向けて歩いていた。
ちょうど、2か月近く前に、小娘占い師が出現した芝生の上を行き過ぎながら。
彼女が来てから、俺の平穏な生活がかき乱されている気がする。
朝起きて半時間ほどジオラマを見て回り、朝食を摂って、ローテに合わせて王都か領地内の警護、そして自分の鍛錬、それで一日は過ぎていた。
マライア嬢と会うのは大抵どちらかのお家デートで、半分以上、帰宅したら母が彼女をうちに招いてたってパターンばかりだった。
王宮行事以外にほとんど外で会わないから念のために、街での買い物に付き合おうかと聞いた時には、「トリスタン様より我が家の荷物持ちと出かけたいですわ」と断られた。
買い物はマライア嬢の趣味のようなものだから、俺に遠慮なく心ゆくまで楽しみたかったのだろう。
小娘はマライア嬢より2歳年下だからかは知らないが、どうも勝手が違う。自分が何が欲しいのか、よくわかってないみたいだし、街で一人で買い物ができるかどうかもあやしい。
王都の占い館の間取りも、何も考えていないようだった。
仕方がないから俺が、受付、面談部屋、休憩室兼避難部屋、裏口から隣への抜け道を造ってやった。
内装はうちの離れの占い部屋で使っていたものをそのまま持ち込んだらしい。
俺は、王都の警護担当日は、いや実はそうでなくても、小娘の占い館の周囲を見回ることにしている。
特に夕刻、館の前に若い男が3人とか4人とかたむろしている時は、尋問もする。
だって、男がグループで占いに来るか?
うら若い女の子じゃあるまいし。
男が友人に「占いに行った」と知られたら、
「一体何の悩みだ」と自白するまでいじられるのが普通だろう。
この国には不埒なことをする男は少ないが、もし数人が押し入って小娘のあの細い手首をねじ上げたらと思うとぞっとする。
うす暗い占い部屋で男と二人きりになることもある。その危険性をあの占い師はどこまで理解できているのか。
俺と小娘の脳の構造は根本的に違うらしい。
今朝泣いていたのは、故郷への帰り方がわからないからなのか。
家族のいる国へ戻りたいと、朝も晩も思い募らせているのか?
ーーーーもっと笑ってくれればいいのに。
自分でも予想だにしなかった言葉が心に浮かび、ハッとした。
ちょうど前の誰かが俺のジオラマの戸を押し開けたところだった。
アッシュ公爵の声がする。
「最近どこらに手を入れたんだ?」
「知りませんよ。叔父上がいつ見に来たかも知らないのに」
「勝手に上空を飛んだことがあったかな? あったかも知れんな。でも憶えてるのは、トウ河の氾濫の直後だ。二度と被害出さないためにはどうしたらいいかって訊いた」
「それでしたら、調節池と周囲に草原を残して遊水地にしたらどうかと王宮に提言しておきました」
「早いな」
「悩むことないでしょ。ダムを造ってしまったら、舟も魚も野生動物も行き来できないじゃないですか。氾濫を抑えるため、『放水路』を引いてため池に流し、その周りを湿地帯として保護する方向でジオラマ造ってあります」
そういうと、アッシュ叔父は、ジオラマのミニチュア版トウ河から海岸線の方向へと歩き出した。
いつも以上ににやにやしながら。
「うちの国の海岸線から30キロはベルト状に王家の直轄地となっている。どうしてだか知ってるか?」
「はあ?」
突然何を訊くんだ? どうしてもこうしても。
「港湾は最重要軍事拠点でしょ? 黒魔女傭兵団だけが敵じゃない。いつ海から誰かに攻め込まれるかわからないから、海岸線を守るのは当然です」
「一応な」
俺は押して言った。
「国外貿易は王家の許可制です。アンテックス家なんか今でも船持って羽振りがいいのに、港まで独占して好き勝手に商売したらどんな私利私欲に走るか」
「仰る通りだな」
「叔父上、おちょくってます?」
「とんでもない。でもな、本当の理由はそうじゃない」
叔父公爵は海の代わりとしている池のほとりに足を止めた。
「お前が『海はみんなのものにしとかないと、僕が海水浴できない』って言ったからだ」
俺の頬が急に赤らんだ。
そんなこと、言ったか? 言ったとしたら幼児の頃だろう。
「古くは、エクストル国の沿岸地帯は、アンテックス伯爵家とトウテクス辺境伯爵家の領地だった。アンテックスは海岸線のギリギリまで牧畜に使い、トウテクスは水産養殖を細々としていた。港湾部分だけが王家の飛び地だった」
「それを俺の一言で?」
「そう。貿易にも、同盟国との連携にも、もっと港が要る。港町も栄えるだろう、などと考えると、沿岸部全体取り仕切ったほうがいいと国王もオレも賛成した」
それに、と公爵が続ける。
「もちろん、トリスタンも、国民誰もが、好きな時に海水浴できなきゃ困る、とも思ったぜ?」
「いつ頃のことですか?」
「だから12年前だって。お前が6歳の時。オレと空飛んだの憶えてない?」
俺は本気で赤面してしまった。
せめて小娘には見られまいと顔を背ける。
憶えていないわけじゃない。父親のように空から地上が見下ろせない自分が嫌で、「空を飛びたい」と泣きわめいてタダをこねたんだ。
父が叔父を呼んでくれたんだろう、叔父は背後から俺の胴に腕を回して飛んでくれた。あのぬくもりと風を切って飛ぶ興奮を忘れたわけじゃない。
「ルーナスが来てからというもの、さんざん空飛ぶ訓練させられたからな。アイツを追っかけるの大変なんだよ。それでまあ、落とすことはないだろうって思って、羽交い絞めで飛んだんだよな?」
「そしたら次の日、ここにジオラマができてた」とティエリ侯爵。
「翌日に?!」
小娘の驚いた声がした。
「うん。トリスタンは、見たものをすぐに再現できるんだよ。外の景色も、絵本の中のキャラもね。ちっちゃい頃、熊の絵本からテディベア作ったのが最初だったかな、あの時はびっくりしたよ、突然ぬいぐるみが現れたからね」
ーーーーち、父上、何でそんなこと、小娘の前で暴露するんだよ!
「そんな特技があっても、参謀長スキルとは関係ないじゃないですか!!」
「バカだな。こうあるべきってお前が思い描いて造っているこのジオラマがエクストル国の理想形で、国土のほうが追いついていってるんだぜ? どこに駐屯地を置くか、どの山に見張り台を立てるか、山城、港湾、道路整備、国の防衛設備を決めてるのはお前なんだよ」
アッシュ公爵は青い目を丸くして、楽しそうに語る。
「国防総長として、お前がいてくれないと困る」
「そ、そんなの叔父上たちが勝手にモデルにしてるだけのことでしょ? 攻め込まれて守り切れなくても責任取れませんよ? それに、攻めるほうはどうなんです? 参謀って戦略も必要でしょ、そっちはルーナスが『できるヤツ』だからいいんですか?」
「は?」
叔父の驚いた顔を見るのは珍しかった。
「ルーナスなんて何もわかってないぞ? 『その時になればトリスタンがどこにどう進軍すればいいか決めてくれるんだろ?』とか言ってたし」
シェリル叔母がクスクス笑い出した。
「ルーナスが条件出したのよ。今回総指揮に任命するってこの人が言ったら、『トリスタンが参謀長するならね』って」
「ルーナスが? 俺としゃべりもしないのに?」
「え? 仲いいんじゃないのか? 同級生だろ?」
国防総長も何でもわかるわけじゃないよな。
「学園でも卒業してからもまともな会話したことない……」
ルーナスは俺を小馬鹿にしている、はずなんだが?
「アイツはお前を頼りにしてるよ? 帰国し次第、軍に属する魔力持ちを一人ずつ訪ねて仲良くなるように言っておいた。すっげぇやな顔して『アンタじゃないんだから仲良しこよしなんてできないよ!』ってさ」
母上がルーナスの帰国予定を聞いたりして、話題は無難なほうに流れていった。
俺と目も合わせようとしないルーナスが、俺を参謀長に推したなんて信じられない。




