仏眼(ぶつがん)
「ところでアッシュ、入国審査のほうどうしよう?」
止まったと思った会話はティエリ侯爵の言葉で再開した。義弟であるアッシュ公爵に改めて尋ねている。
まずは、名前、年齢、出身国、爵位、職業を訊かれ、
「名前は鈴木恵茉、16歳、日本国、一般人、まだ学生」
と答えたが、部屋に居た3人の男が腕を組んで困惑した。
若様が、「学生なら、国際魔法学校学生証を見せろ」と言った。
この世界の学校って魔法を習う所らしい。
「持ってない」というと、それは困ったと金髪と黒髪のイケオジふたりがさらに悩む。
「あ、あの、何が問題なんでしょうか?」
あたしは一番この国の制度に明るそうな黒髪のほうに尋ねた。
「オレたちは君の国である日本国というのを知らない。学生である証明もできない。この国では、爵位の無い者は何らかの職業についていなければならない。入国にはこの国に有用と判断される職業である必要がある」
「うちのメイドくらいはできるだろ、誰でも」とトリスタン。
え、あたしメイド喫茶みたいなカワイイことできないよ? 特にこの不機嫌そうな若様の前じゃ。
「肩怪我してる人を、身体を動かす系の職業で入国させるわけにはいかないよ」
と侯爵が止めた。
「そうなんだよな。農業とか人手はいくらでも必要なんだが、『怪我が治ってから出直してください』と門前払いをするのが通例だ」とアッシュ公爵。
彼は天井を見上げてちょっと考えてから続けた。
「日本国との文化交歓のためにオレが招聘したと言えないこともないが、その国がどこにあるのかわからんから、信憑性に欠ける」
「恵茉さん、机について片手でできる仕事に心当たりはないかい?」
そこにティエリ侯爵は助け舟を出してくれた、彼は本当に威張らないしこだわりのない性格。
そこで自分がこの世界に飛ばされた経緯が唐突に脳裡に浮かんだ。
手相占いの本を持ってコンビニへ向かう途中、車に轢かれた。いくらなんでも頭に入りきらないから総括ページをコピーして手元に持っておこうと思ったんだ。
文化祭であたしのクラスは模擬店として『占い五種競技』を開く予定だった。
星占い、四柱推命、タロット、姓名判断、手相のブースを作り、お客さんに好きな占いを選んでもらって人気を競う、という企画。
あたしは手相なんてよく知らなかったのに、親友の美愛に、
「恵茉の手、神秘十字も仏眼もあるんだから、手相やりなよ。ハッキリ言って霊感ないのがおかしいくらい、占い師向きな手してんだから」と言われ。
「神秘十字ってこの真ん中にあるバツのことよね? 仏眼ってなんだった?」
美愛の占いオタクは今に始まったことじゃなく、今回の出し物の言い出しっぺも彼女。あたしはいつもそんな美愛のいろんな占いの練習台にされてきた。
――でも仏眼は初耳だったような?
「恵茉の指の関節のしわよ。アーモンド形っていうか、目の形になってるでしょ? 左手の親指の第一関節、薬指と小指の第二関節」
美愛はあたしの関節のしわをなぞる。
「誰だってこんなもんじゃないの?」
「ないのよ。真理を見抜く眼力の印。恵茉は占い師の適性を封じ込んでるわ」
あたしは肩をすくめてため息をついた。
「そんなに詳しいなら美愛が手相やれば?」
「四柱推命は憶えること多くて付け焼刃できることじゃないからね。わたしが一番難しいのをやるべきでしょ?」と美愛はどこ吹く風。
「手相だって難しいよ」
「これだけ覚えれば大丈夫っていう薄い本あげるから」
と、のせられるままに手相占いのリーダーになってしまった。
大道具か衣装係か、当日目立たない役がよかったのに。
その本は確かに、今もパーカーのお腹ポケットにある。直前まで使っていたペンライトと一緒に。
記憶は戻ったけれど日本に帰る方法もわからない、自分がどんな世界に飛ばされたのか理解するためにも、当面はここ、侯爵のお宅に居候させてもらうしかない、と腹を括った。
「あ、あたし、占いができます。フォーチュン・テリング。えっと、ハンド・リーディング」
「ハンド・リーディング? パーム・リーディングってことか?」
アッシュ公爵が自分の手をパアに開いてもう一方の手でぐるぐるして見せた。
「はい、手のひら、パーム、ですね。手相占いです」
「胡散くさ」と若様は横を向いて吐き捨てた。
だが父親たちは話を進める。
「それはよかった。アッシュ、王宮に入国記録送っておいて」
このティエリ侯爵の言葉でもう休ませてもらえるのだろうかと思ったら、甘かった。




