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あたしは手相占い師ー異世界で生き抜くためにはこれしかないの  作者: 陸 なるみ


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神秘十字

 

諸手もろてに顕われし神秘十字にかけまして」

 目を伏せたまま占いの締め言葉を口にし、今日最後の客に自分の両手のひらを広げて見せた。

 あたしの手相の真ん中にある運命の十字架を見せるために。


 そう、あたしは手相占い師。

 この異世界で生き抜くにはこれを続けるしかないのだ。


 お客を送り出し、妖し気に装飾された占い部屋のテーブルランプを消して、あたしは自分がこの世界に飛ばされてから今日までに思いを馳せた。


 あれは爽やかな初秋の日。

 気付けば柔らかい芝生の上に横たわっていた。


「うーん、明日の文化祭に備えてコピーしたいページがあって、そのついでに『頑張るぞ』スイーツを買おうって家を出て。コンビニに行く途中にこんな芝生あったっけ? それにしても眠い~」

 と、意識はあるのに身体が動かない。


 そこへ、若い男の声がした。

「ここで何をしている? その奇妙な出で立ち、魔女か? 魔女だな?!」


 身長の高いところから誰何しているのが感じられる。この眠りをなんで邪魔するのよと恨みに思いながらうす目を開けた。


 くせっ毛の金髪碧眼、シャープな顔つきの超イケメン。


 ――あ、夢かぁ、眼福の夢ぇ~


 と堪能しようとしたけど、困ったことにソイツは槍を持っていて、仲間と一緒に私の首に狙いを定めている。


 あまりに突然のことで頭が働かない。夢の中のせいか眠気のせいか、驚きも焦りも浮かばず、気怠さいっぱいでのろのろと上体を起こした。


 出で立ちって服装のことだっけと自分の着ている服に目をやる。

 下はワイドのお出かけ用黒のジーンズ。上はお腹にポケットのあるグレーのプルオーバーパーカー。高一女子のコンビニ着ならこれでよくね?

 それを急に魔女かと言われても。


「上着に頭巾が縫い付けてあるのは魔女の証だ」

 この人たち、フード付きの服着ないの?


「若様、こやつは近隣諸国のどこの紋章もつけておりません。もしや、黒百合魔女傭兵団の見習いなのでは?」

 仲間のほうが控えめに意見を述べた。


「若様と従者」という関係性らしい。にしても、「わかさま」って呼ばれるの、恥ずかしくないのかな。


「黒魔女なら全身黒色。上半身がグレーなのは、半人前だから、ということか?」

「はい、私めの憶測ですが」


「わかった。両手を拘束してオレが屋敷に連行する。お前は先に戻り父上に報告を」

「若様お一人で大丈夫でしょうか? 魔法でも使われたら?」


「俺は魔法を弾き返せる。心配ない」

「わかりました」

 従者は屋敷があるらしい方向に駆けて行った。


 若様はあたしを囚人のように縛ると、「立て!」と引き上げ、青々とした芝生の敷地を延々と歩かせた。


 細身のくせに肩幅の広い若様は歩幅も大きく、あたしはその後ろで小走りになってしまう。

 身体の前で両手を括られちょこまか走るって間抜けな絵面えづら


 石造りのどでかい洋館に入り、若様の父上らしいブロンドのイケオジの部屋に押し込まれた時、あたしはハアハアと肩で息をしていた。


「このお嬢さんが黒魔女見習いだと言うんだね?」


「ああ、侯爵」

 若様は、マホガニーの重厚な机の向こうに座る四十代くらいの父親を爵位で呼んだ。


「魔女なら繋がれていても飛ぶんじゃないかな? こんなに息を切らせたとこ、見たことないよ」

 イケオジは息子より優しそうでのんびり屋の雰囲気だ。


「見習いだから飛べないということもあり得るかと」

 先に注進に走った従者が奏上する。


「黒くストレートの美しい髪、頭巾付き上着、ぼっこりした黒ズボン、これらは黒魔女の要件を満たしている」

 若様は父親に対して何気にぶっきらぼうだ。


「魔法を見せたかい? 雷撃とかされなかった?」

「俺はかけられても気付かない」


「そうだね、トリスタンに聞いた僕がバカだ。アッシュ、どう思う?」


 若様の名前がトリスタンで、イケオジ侯爵が「僕呼び」なんだと意識する間もなく、あたしは「ぎゃー!!」と声を上げてその場にうずくまっていた。


 座った侯爵の斜め後ろに忽然と、黒い短髪の男の立ち姿が現れたから。 


「公爵、よくおいでを」

 神経質そうだと思ったトリスタンが驚きもせずに短く歓迎している。


 この人たち、あたしを魔女かと疑うくせに、自分たちみんなが魔法使いなんじゃない!


 目だけ上げて窺い見ると、アッシュと呼ばれた公爵は頭を掻き掻き笑っていた。

「ティエリから念波来て、なんか面白いことになってるって飛んで来たんだけど、これは違うな」


「違いますか」

 トリスタン若様は、この公爵には敬語を使うようだ。


「トリスタン、叔父と甥の仲だろ、いい加減敬語やめてくれよ」


「アンタは国防総長、俺の上司だろ。ついでに公爵であって王弟だ」


 なんか偉い人でしたーーーー!


「ティエリはオレの最愛の妻シェリルの兄、義兄であって、お前はその息子。シェリル同様念波は通じないが、何にも染まらない真白魔法の使い手、侮れないのがトリスタン」


 あ、侯爵も若様もこの国では相当身分が高い。侯爵と言えばそうだろうけど、本当に王家に近いんだ。


 床にうずくまったままそんなことを考えていたけれど、急にどっと脂汗が出てきて立つに立てない。

 ズキズキとした左肩の痛みに気付いてしまった。


「この娘には悪意のカケラも感じられない。オレが飛べること、黒魔女傭兵団ならみんな知ってる。オレが現れてあの叫び声はないと思うぜ? 人をお化けみたいに」

 アッシュ公爵の飾らない笑い声が聞こえる。でも反応する余裕はなかった。


「トリスタン、その子、怪我してたりしない? 手荒なことしてないよね?」

 ティエリ侯爵の柔らかい声が心配してくれた。


「庭からここまで歩かせただけだ」


 いや、それ走らせたの間違いだからーー。


「左肩押さえてるな、外れてるんじゃないか?」

 アッシュ公爵が机を廻って近づいてくる。

「見せてくれるかい?」


 カーペットの上に膝をついて、黒い眉に縁どられた精悍だけど優しい青い瞳が覗き込んできた。

 彼からはお日様の匂い、夏の砂浜のような匂いがしている。


「うん、脱臼してる。痛いだろうがちょっと我慢して」

 ガギッという肩の音が、ギャッという自分の悲鳴にかき消された。


「これで大丈夫だ、3週間は吊って安静に」


 肘掛け椅子に座らせてもらえたと思ったら、頭の中にこだまするようだった痛みが左肩だけに治まっていた。この痛みなら我慢できる。


 腕はまだだらんとしているが、急に息がしやすく頭が動き出したように感じた。今の今まで、怪我のせいでぼうっとしていたのかもしれない。


「じゃ、その間はうちで療養だね。その怪我トリスタンのせいで酷くなったかもしれないし。すまないが妻と相談してお風呂や滞在の段取り、三角巾など手当の用意を」


 侯爵の言葉に従者が頭を下げ、準備に退出していった。


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