占いも相談も狭くて暗いところで
「私もあの方との婚約破棄に賛成です」
薄暗がりの馬車の中で、シェリル様がトリスタン様に優しく声をかけた。
「あなたの前であんな態度を取れる方って、珍しいわ」
若様は疲れの現れた顔をゆっくり上げて、「そうですね」と呟いた。
「俺には人の気持ちがわからないから、『慮る』とか『忖度する』とかしてやれなくて……」
「あなたの落ち度ではありません。私たちの『真白魔法』の前では、悪人は自分の心の疚しさに耐えられなくなるって言うでしょ?」
「はい……」
「あの方は、疚しくないの。自分が品の無いことをしているとも思っていないし、あなたに愛されて当然だと信じ込んでいる。恐らく、自分でもご自分が見えていらっしゃらないのだわ」
「そうでしょうか? 母が言うには、俺と付き合えるなら合格だって……。普通は顔合わせで一度お茶を飲んだらそれっきりだから」
若様のお相手探しはそう簡単ではなかったんだ。
『真白魔法』の難しさはよくわからないけれど、お付き合いが成立しないことで、若様は傷ついたこともあったのだろう。
もしかしたら、恋した女性に振られたかもしれない。
想像するだけであたしの心はひくんと痛んだ。
シェリル様の沁み込む声は暗がりで聞くととても気持ちいい。
「でももうあなたの心は選んでいる。あの方とは結婚はできないのでしょう?」
「はい……。母の敷いたレールに従うことはできない。俺は参謀長を辞退するつもりなのに、横であれほど喜ばれると、こちらの息が詰まる……」
シェリル様はうすら明かりに照らされた甥っ子に優しい視線を投げかけてから、あたしに向き直った。
「恵茉さん、大事になるのを止めてくれてありがとう」
「あ、いえ、あたしは……。あたしの国では婚約や婚約破棄は、プライベートなお話し合いで決めることだから、あんな大勢の前で……」
「そうね。ちゃんと二人の気持ちが定まってから発表すべきことだわ」
シェリル様にそう言ってもらえてあたしはホッと胸をなでおろした。
なぜかとっても心がモヤモヤして、個人的な感情絡みでマライア様の邪魔をしてしまった気もしていたから。
「それにしても恵茉さん、あなたは私たち二人の真白魔法を浴びていても何ともないのね?」
あ、え?
シェリル様がまたいたずらっぽく微笑んでいる。
「あたしが外国人だからじゃないでしょうか? 鈍感で影響を受けにくいんだと思います……」
「そうかしら? あのアッシュでさえ私の前で一度メンタル壊れかけたの。ルーナスは3歳から赤ちゃん返り。今思うと私の真白魔法も結構きつそうなのに?」
「あたしもマライアさんと同じで、自分が見えてないのかも」
シェリル様がふふっと笑ったところで若様が質問を畳みかけた。
「叔母上はどうしてそんなに他人に優しくできるのですか? 同じ真白魔法、シュデックス家のシュッドの血ですよね?」
「そうよ。侯爵令嬢としてこうあるべき、許嫁としてこうあるべき、妻としてこうあるべき、母としてこうあるべき、でここまで来たと思っているわ」
「お辛くありませんか? 俺は自分の『こうあるべき』と他人の思惑が重ならないでいつも、苦しい……」
あたしは若様の弱音を聞いてしまってどうしようかと思った。
寝たふりしたほうがいいのかもしれない。とりあえず、若様とシェリル様があたしを空気扱いしてくれることを願った。
「私の辛さは外との軋轢ではない気がするわ。自分に降りかかってくるの。夫が戦争に行ったなら、自分は煌びやかな楽しみは控えるべきって家に閉じ籠っちゃったし、アッシュがルーナスを自分の息子かもって連れて帰った時も、『婚外子なんて迎えるべきじゃない』って思ったら拒絶したはずなんだけれど、あの子、生みの母親のところで幸せとは言えない生活をしていて、『なら私が愛情を注ぐべき』って思っちゃったのね。私は自分の感情のほうを抑え込んで、シュッドしてしまうみたいだわ」
「そうですか……。俺は自分の気持ちも抑え込めない」
「抑えないほうがいいのよ。私もアッシュに全てを話せるようになってやっと、私はこれでいいんだって思えたのだから。あなたも素敵な伴侶を見つけて……」
「それができたらこんな苦労してません」
若様はプイッと馬車の窓の外に顔を向けた。
この人はご両親よりもシェリル様、魔法特性の同じ叔母様に一番甘えられるのかもしれない。
「今日の任命式であなたは、『王様には従うべき』というシュッドより『分相応の任官であるべき』に沿って行動したわ。あなたは国の漠然とした約束よりも、実務的な秩序を考慮した。アンテックス家と婚姻関係を結ぶことを躊躇っていたのも、国全体のことを考えてるのかもとアッシュは言ってた。参謀長、向いていると思うわよ?」
「いえ、分不相応なのは明白です」
あらまた、真っ白発言ね、と呟いてシェリル様は笑い、
「明日、と言ってももう今日かしら、ルーナスを送りだしたら、アッシュはシュデックス邸に飛んでくるわ。そしたらスキル不足でないことを、国防総長に証明してもらって。あなた、ちっちゃい頃、積み木やブロック遊びが大好きで、今でもジオラマ作ったりしてるんじゃない?」
「ジオラマ、は確かに今でも趣味ですが」
「じゃあよかったわ」
何がよかったんですかと聞く若様には答えず、シェリル様はがくんと止まった馬車のパカンと開いた扉から下りて行った。
そこはもう、シェリル様の実家で若様の家、シュデックス邸だった。




