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あたしは手相占い師ー異世界で生き抜くためにはこれしかないの  作者: 陸 なるみ


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12/25

スペード爪の持ち主

 

 ご機嫌斜めなトリスタン若様は、大股で大広間を出て行った。庭でも歩いて頭を冷やすのか、先に帰宅するのか、どちらかだ。


 マライア嬢は、家族と一緒に、若様の昇進を自分のことのように喜んでいる。本人の気持ちに寄り添ってあげるつもりはなさそうだ。


 テーブルにあった飾り切りの果物を抓んでいたら、大広間の向こうからジェシカ様がルーナスさんを引っ張ってきた。


「恵茉さん、私たちの結婚を占ってちょうだい!」

 あたしは急いでナプキンで指を清める。


 シェリル様が娘を、たしなめ半分からかい半分に引き止めようとしている。

「二人が幸せになるのはわかり切っているでしょ? これ以上何を占ってほしいの?」


 ジェシカ様は、「だって恵茉さんがそう言ったわ、ルーナスさんの手相も見れたらって」と膨れる。


 ルーナスさんは、ジェシカ様の膨れ顔を可愛いと思って目を細めているけれど、あたしは、ああ、まだジェシカ様は少女なんだ、と思った。


 女の子が女性になるってことはきっと、膨れ顔を含めてヘン顔を極力見せまいとし始めることだ。


 そのままを受け入れてもらえるとわかっていても恥じらい、ちょびっとでもいいから綺麗になりたいと願う。そんな心持ち。


 それが表情や身のこなしに現れて、どんどん女らしくなっていく。

 あたしだってまだまだだけど、ジェシカ様はまだ14歳、恋人がいるとしても、大人の女性になるまで、登る階段はたくさんある。


「では、ルーナスさん、手相を見せていただいて構いませんか?」

 あたしは、近場で見ると、陰を纏う研ぎ澄まされたイケメンであるルーナスさんに声をかけた。


「どうぞ」

 手相占いの動機は純粋に、ジェシカ様を喜ばせたいがため。

 ジェシカ様は本当に、心から愛されてる。


 ルーナスさんの手には細かな皺がたくさんあった。あり過ぎるほど。

 感情線、頭脳線、生命線、運命線ははっきり辿れるけれど、それ以外にも線だらけ。

 ジェシカ様のようにはっきりとした恋愛線があるわけじゃない。どれが恋愛線だか選べない。


 でも、ルーナスさんの若さ、18歳でこれほど皺があるのは、あたしの本によれば、物事を悪い方に捉えがちな心配性。


「ルーナス様は少々心配性ですね。悲観的と言うか。心優しくていろいろ考え併せてしまう方です」


「心、優しいかな? 悲観的なのは合ってる。まあ、ジェシカの心配したらキリがないからかもね」


 ジェシカ様は隣で大好きな人の手のひらを覗き込んでいる。


「オレ、長生きしそうでしょうか? ジェシカを悲しませることだけはしたくないんだ。つい今しがた、軍の指揮官なんかに任命されちゃったし」


「生命線はしっかりくっきり走っていて、強く生きていかれる相ですね」

「よかった! 生きている限り、オレはジェシカの幸せを守るから」


「もう、結婚式がいつだか占ってって言ってるの」

 ジェシカ様が口を挟む。


「では結婚線を見せてください。小指の付け根です」

「こうよね?」

 とジェシカ様は両手を合わせて手の側面をあたしに見せる。ルーナスさんもそれに倣った。


「はい、ルーナス様の結婚線、年齢の若いところに一本が左右の手、ぴったり同じ場所にあります。ジェシカ様と同じ、早婚で、一人の方としっかり添い遂げるお印。そして、結婚線、長いですね。小指を軸にして、両手を開いてみてくれますか?」


 これは手の甲側の結婚線の長さを確認する診断方法。

 ルーナスさんはゆっくり両手を開いていく。

「そ、そこまでです。もう両手が背中合わせになっちゃいそうですね。とても幸せな結婚生活が長く続きます」


 ジェシカ様が「私も私も、この線を合わせるのね、そっちから見えなくなるところでストップかけて」とルーナスさんに見てもらっている。


 あたしは、一瞬、他のことに気を取られて、見てあげることができなかった。

 そう。

 ルーナスさんの小指の爪は、完全なスペード型だったから。


 その後、黙ってしまったあたしを除いて、大広間の音楽も歓談も静まることはなかった。


 ルーナスさん。

 黒魔女傭兵団と関わりがあるのだろうか?

 そして、スペード爪の持ち主がこの国の「魔導部隊総指揮」の役職でいいのか?


 あたしが心配することではないのに、王様の入れ知恵のせいで考えざるを得なかった。


「ああ早く、何もかもアッシュ公爵にでもぶちまけて、すっきりしたい!」と思ったのに、当の公爵は王と話しているのか、誰と話しているのか、シェリル様を放置していて、姿が見えない。


「カトリン、そろそろ帰らないか?」

 ティエリ侯爵が、あたしたちが座っていたテーブルに来て尋ねた。


「そうですわね。シェリルはどうするの?」

「どうしようかしら。アッシュは自力で飛んで帰るだろうし、ジェシカはルーナスに任せちゃえば私も帰れるのだけれど……」


「ジェシカ様、まだ14歳ですよね、夜更かしが過ぎるような気も……」

 あたしがつい口にすると、

「そうなのよね。でもルーナスが明日また留学先に戻ってしまうことを思うとね、引き裂くのも可哀想で」

 と優雅な眉根を下げる。


「あ、そうだわ、ルーナス、私は馬車で帰るから、ジェシカと先に帰って家でのんびりすれば?」

 隣のテーブルで手を繋いで二人の世界を創っていたジェシカ様たちは、顔を輝かせた。


「瞬間移動して母上が戻るまで約1時間、家でオレとジェシカ二人っきりですか? オレに預けていいんですか?」

「あなたの本気を信頼してるわ」

 シェリル様がいたずらっぽく笑う。


「なんて釘の刺し方だ、母上ったら」

「ジェシカの甘えん坊に屈する前に、アッシュに念波で一報入れておいて。二人っきりだから早めに帰ってこいってね」


 シェリル様は自分の娘がまだまだ子どもチャンだとわかっている。


 ルーナスさんはちょっと頭を掻いてから、「行こうか」とジェシカ様の手を取った。その瞬間、二人の姿は薄まり、かき消えていった。


 さて、とシュデックス侯爵夫妻と席を立つと、大広間から庭に抜けるバルコニーに大声が響いた。


「何ですって?! もう一回言ってくださいますーー?!!」

 大広間のガラス窓全部が震えそうな、女性の金切り声だった。


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