収穫祝賀パーティ
大広間に入ったらすぐのテーブルにカトリン奥様とシェリル様の姿を見つけ、あたしは二人の間に座らせてもらった。
「占いは上手くいったの?」と奥様は聞いてくれたけれど、あたしは笑顔が作れなかった。
「ええ、なんとか……」
「それにしては顔色が冴えないわ。少し外の空気を吸いに出てみる?」とシェリル様。
「あ、大丈夫です、ちょっと考え事があるだけ……、シェリル様、その節はよく効く湿布をありがとうございました」
「あら、お役に立てたのならよかったわ」
二人の淑女はあたしが両陛下の占いのことは話したがらないのを感じ取ってか、無理に言葉を引き出すことはせず、話題を変えた。
「シェリル、お宅のルーナスくん、また男っぷりが上がったわね」
「それはトリスタンのことでしょう、カトリン」
ルーナスさんも若様もそれぞれのお相手と踊っていた。
トリスタン若様は白い燕尾服をたなびかせ、腕にはストロベリー色の髪をした勝気そうな女性。あの方がきっとマライア嬢。
ルーナスさんは黒騎士のようで、若様は白の貴公子、対照的な二人。
そんな言葉が心に浮かんだ。
「あれ、奥様今、『お宅のルーナスくん』って、ジェシカ様ともうご一緒になられたとか?」
あたし鈍すぎ、ふたりはもう結婚したってこと?
「違うのよ、恵茉さん」とシェリル様が優しく笑う。
「私とアッシュがルーナスの育ての親なの。3歳から今まで、ずうっと。ルーナスの家はうちの公爵邸だし。実父にはたまに会いにいくけれど」
あ、そういう事か、とあたしはジェシカ様の恋愛手相を思い出した。
「ジェシカ様が生まれる前から恋仲っていうのは、そういうことですね?」
「ええ。ルーナスったら私のお腹の中にずうっと話しかけてたのよ」
「あらまあ」
知らなかったのか、カトリン奥様が相槌を入れた。
「そんなこともあるのねぇ」
踊っている最中もルーナスさんは仏頂面だけれど、喜びを隠しきれておらず、ジェシカ様は幸せいっぱいで、心が温まる。
トリスタン様も同じく仏頂面で、マライア様は嬉しそうだけれど、どちらのカップルを見ていたいかと訊かれたら、断然ジェシカ様たちだ。
ダンスが一区切りつき、音楽が終わったところで、あたしたちのテーブルのすぐ近くに立ったアッシュ公爵が開会の辞を唱えた。
「これから、エクストル国、今年の収穫祝賀パーティを始めます。国王及び妃殿下の入場!」
ふたりは静かな音楽に乗せて厳かに登場し、前に用意されていた玉座に着席された。
やはり、控えの間で見せてくださったのはプライベートな顔、今は話しかけるのも畏れ多い両陛下だった。
国王は簡単に、今年の豊作を喜び、皆の努力をねぎらい、この国の平和と繁栄が続くことを祈念された。
「続いて、功労賞の発表です」
司会のアッシュ公爵が、各領地名と代表者らしき人の名前を呼ぶ。両陛下はその人たちに感謝やねぎらいの言葉をかけ記念品を授与した。
「奥様、あの方たちは?」
「領民の方たちよ。シュデックス領からもお二人来てもらってるわ。毎年、収穫に貢献してくれた人がパーティに参加できるようにしているの」
「ここにいる方々は貴族ばかりじゃないということですか?」
あたしの小声にシェリル様が答えてくださった。
「ええ。恵茉さんの国のように、みんなが平等というわけにはいきませんが、誰もが幸せになれる仕組みを模索している国なんですよ」
あたしは頷いた。
「次に、中央官職の任命式に移ります」
とアッシュ公爵の声。
そしてよく似た響きの王様の声が続く。
「この一年、国民すべてがそれぞれの任務に就き、我が国を支えてくれたことに感謝する。そしてそれぞれの力量や特技に合わせ、今日からさらに重要な役割を担ってもらう者をここに任命したい。名前を呼ばれた者は出てきてほしい」
アッシュ公爵に名前を呼ばれたら前に出て、王様の前に片膝をつく。
王様が役職名を仰せられ、対象者は右手拳を握って胸に当て頭をさげると「謹んでお受けします」という拝命の礼、という段取りだった。
知らない人が何人も、裁判所長や学園長、消防署長などに嬉しそうに任命されていった。
知ってる人の最初はルーナスさんだった。
「ルーナス・ノルウェッセックス」
アッシュ公爵の声が心なしか弾んでいる。自分が息子のように育ててきたんだものね。
すっすと優雅に歩を進め、王様の立つ段の前で黒い上着の裾をふわっと開き、音もたてずに膝をついた。
王様が「エクストル国防軍魔導部隊総指揮」と発表される。
ルーナス様はくいっと拳を握ると胸に当て、王様の顔を真っ直ぐ見上げてからゆっくりと頭を下げた。
今までで一番気品を感じさせる所作だった。
次が「トリスタン・シュデックス」。
若様は、ルーナスさんに比べると、ドスドスと歩いた。
気に入らないことのあるときの歩き方だと、あたしは何となく知っている。
膝をつく姿もおざなりな気がした。
王様の声がする。
「エクストル国防軍参謀長」
「やりぃ!」
大広間の下座で女の声がして、皆が一斉にそちらを向いた。
マライア嬢がガッツポーズをしている。
その声と満場のざわめきで、若様自身の「はぁ?」という声はかき消されていた。
聞き取れたのは王様、王妃様、アッシュ公爵、そしてもしかしたらあたし、だけだろう。
「国王陛下、畏れながらわたくしはまだ国防軍少佐の身。参謀長への昇進は時期尚早、わたくしのスキル不足は国防総長がよくご存知のことと存じます」
若様はしかるべき丁寧語で陛下に奏上した。
国王がすっと笑顔になって答えた。
「その国防総長の抜擢、なのだよ」
トリスタン様はそれを聞いてアッシュ公爵を睨みつけた。
公爵は肩を竦めて、
「12年前からスキルは充分だぜ?」と囁いてから全体に聞こえるように、
「現参謀長からの辞表は受理済み。参謀長を空位にしておくわけにはいかん」と述べた。
若様は、今度は父親のティエリ侯爵を睨んだ。
「19歳から今まで勤め上げたんだよ、もう代わってくれていいだろ?」
こののんびり優しい侯爵様が参謀長だったってのも驚きだけれど、代わってほしいならこのパーティの前に家で相談しておけばよくない?
「あの、父子で前もって家で打ち合わせとかしなかったんですか?」
カトリン奥様に小声で聞いてみると、
「それがねぇ、前もって知らせると絶対トリスタンがごねるからってあの人が秘密にしたのよ」
ティエリ侯爵――――!!
いや、確かに、若様の頑固さは一筋縄じゃいかない。説得できる相手じゃなさそう。
気に入らない役職に就かされると知ると、このパーティ自体をぶっちしそうだものね。
「辞表なら後で受ける。とりあえず拝命してくれ」
アッシュ公爵が懇願、ともいえる言葉を吐いて、若様は形ばかりの拝命のお辞儀をした。
ほんと、疲れる、若様って見てるだけで疲れるよーーーー!
彼にとって世の中はきっと、とっても生きづらいんだろう。
その後数名の任命が終わり、アッシュ公爵が、
「これをもって式次第を終了します。ご参集いただいた皆様、誠にありがとうございました。この後はダンス、歓談、食事、それぞれに楽しんでくださいますよう」
と締めくくった。
音楽はまた高く鳴り響き、新しいダンス曲を奏で始める。毎年、日付が変わる頃まで続く催しなのだとか。




