王様の天命符
控えの間の、大広間とは反対の扉に、コンコンとノックの音がした。
「そろそろ、僕の番でいいかな?」
ゆっくりと開いた扉から、光が差し込んでくる。
王様!
僕呼び!
眩しい!
この三つの言葉があたしの頭にファンファーレのように鳴り響いた。
王家は『太陽の申し子』だったっけ、その頂点の王様は実際に眩しかった。
「どうだった、君の手相」
彼は自分の奥さんに興味津々の視線を投げかけた。
「私は幸運の女神なんですって。絶対国王の隣を離れるなってお見立てでした」
クスクス笑いを向けた王妃様に、国王は、
「僕が君を離すわけがないよ」
と甘々な言葉を返した。
アッシュ公爵のお兄さんは公爵よりもちょっと年上でちょっと丸く、ちょっとだけ背が低かった。
政治のためにはもう少しだけ威張ってもいい気がする。
今はプライベートなお顔を見せてくださってるのかしら。
「あまり遅くなるとアッシュが式次第に支障が出るとか言い出しそうだから、僕の手も見てほしいな」
「は、はい、謹んで……」
王様の手には両手に『太陽線スター』がある大カリスマの相のはず。それは知っているけれど、他に何が見えるのだろう。
「あ、運命線……」
人間は手を握る。だから手相は横線が多くなる。親指をしっかり使うから生命線ははっきりしている。でも王様は……。
まるで手を縦折りにする癖でもあるかのように、両手真ん中に運命線がしっかりと立ち上がっていた。
運命線が薄い人は、自分で人生を切り拓く傾向があると、あたしの本には出ている。生まれる前から王になる定めだった陛下は、こんなにも強い運命を背負ってきたんだ。
そしてペンライトを当てると、さらに細かい模様が見て取れた。
運命線の出だし、左手首のすぐ上に『鳥居型テンプル』、ご先祖に護られ強く生きる印。
そして、運命線の延長上、中指の腹にまで縦線が見つかった。
とても珍しい『天命符』。
王様が王様であるのは天からのご指名、そして陛下は生涯かけてそれを見事に全うする印。
「陛下は、王様として素晴らしいご治世を全うされます。それをご先祖も天の神様も支えていらっしゃる。その分、陛下のメンタルはとっても強い」
「そうか、王宮を逃げ出しちゃダメってことか。王位を投げ出したら不幸になる? 全部アッシュに押し付けて、僕達一家夜逃げしたら」
「はい、残念ですが、不幸の道に転落しそうです。天命というものが強くお手に現れておりますので」
「そうなんだ……観念するしかないか……」
「あなた退位したいって思ったことありますの?」
王妃様が聞いてきた。
「いや、まあ、ないかな」
王様の軽い返しにあたしは吹き出してしまい、アハハと3人で声を出して笑った。
心ゆくまで笑ったところで王様が急に真顔になり、
「王妃よ、占い師くんに国防関係の依頼がある、少々席を外してくれ」
と言った。
王妃様は夫のそのギャップに慣れているのか、驚かれることもなく頷いて部屋を出ていかれた。
王様はそれを見送ってから、あたしのほうにしっかりと身体を向ける。
「下町の占い館では安心して仕事できてるかい? 狭い部屋にこうやって男とふたりきりになることもある。身の危険を感じたことは?」
「今のところは何もないです。お客様は一人ずつしか占い部屋には入れませんし、その方が占い中に立ち上ったら、あたしもそこで中断する約束にしています。手や手首を握られたら、焦らず両手で自分のほうに引っ張る。相手が机に突っ伏しているうちに、奥を廻って隣のカフェに逃げ込めってトリスタン様が」
「あ、そうか、トリスタンが気を配ってくれてるのだね。なら安心だ」
「お客に来てくださる皆さん、良い方ばかりです」
トリスタン若様は領主令息として、シュデックス家に住むあたしに何かあったら困るから、占い館の造りを考えてくれ、注意事項をくれた。お隣のカフェにも根回ししてくれている。
「さて、国防の依頼というと大げさに聞こえるんだが、今までに、トランプのスペード型の爪をした人を見た覚えはないかい?」
「え? 爪がスペード型、ですか?」
王様はうんと頷いた。
「爪の生え際が平たくないんだ。ハートをひっくり返して一本足をつけたみたいな形」
「手のひらばかり見ているので爪まではよくわからないのですが、今のところ記憶にはありません」
そんな爪の人がこの世界にはいるんだ?
「そうか、それはよかった。これから、もし見かけたら、隣のカフェのマスターに報告してくれないか?」
「え、でもあたしはお客様のプライバシーは守らないと……」
占いってお客様と占い師との信頼がないとダメな気がする。
自分の記録ノートだって、年齢、職業や魔法特性、相談事のあらましはメモるけれど、住所、氏名は残していない。
「スペードの人たちは、もし言ったとしても、名前も住所もデタラメだ。一刻も早く、髪型や肌、目の色、服装、歩き方など、何でも特徴を告げてほしい」
だから、住所と氏名は不要なんだってば。
「す、スパイをしろってことでしょうか……?」
「そういうことに、なってしまうね。でもその相手が『黒魔女傭兵団』だと言えば、協力してもらえるだろうか?」
あたしは急に声をあげてしまう。
ネットのクッキーよりも悪い。超格安のショッピングサイトで敵国の個人情報を抜くような話じゃない?
「そ、そんなに脅威なんですか?! その魔女たちって、あたし、この国に来てから一度も見かけたことありません」
「それはアッシュを筆頭とする国防軍が目を光らせてくれているからだ」
アッシュ公爵、そんな仕事してるようには見えないよ?
「黒魔女は空を飛べるんですよね? 来られたら一目瞭然ではありませんか?」
「撃ち落されるの承知で空からはやって来ない。こっそり入国して潜伏されるのが一番怖いんだ」
そう言えば、あたしの時も一通りの入国審査をされたっけ。
あたしは考え込んでしまった。
邪念は要らない、純粋に占いだけをしたいという思いが胸にある。でも相手は国王陛下、あたしはお断りする立場にない気もする。
「あ、あの、陛下、申し訳ないんですが、この場ではお約束できかねます。アッシュ公爵やティエリ侯爵に相談してから決めてもいいでしょうか? 黒魔女たちがどんな悪い人なのか、あたし、よく知らないんです。知らないうちから警戒するのも、心がすっきりしません」
国王はじっとあたしの目を覗き込んでから、「それもそうだね」と呟いた。
「公平な意見をくれるから、トリスタンに聞いてもいいよ。今日は素敵な占いをどうもありがとう。パーティ、楽しんでくれたまえ」
陛下の言葉はあたしに退席を促していると感じられたので、一礼して、大広間への扉を開けた。




