第2章 第7話 「第101補隊所属試制機動小隊」
20210312公開
【‐皇国歴312年「降月」19日午前‐】
今日の仕事は小隊長室にこもって書類の山を片付けることから始めることにした。1つの部隊を立ち上げる事業って、放っておくと書類が溜まる一方なんだ。補隊本部附きの事務員がある程度は処理してくれているけど(小隊長の決済が必要な書類が多過ぎだったので、ある程度の権限を与えたくらいだ)、それでも我が方は防戦一方だ。
なんというか、従兵に加えて『日本』で言う『秘書』が欲しくなる。
まあ、エミリア・ペーデル曹長も一緒に片付けてくれているからまだマシなんだけどね。彼女に文官としての才能が有って、幸いと言える。
もっとも、彼女は彼女で慣れない仕事に加えて、初めて触れる概念が多過ぎて大変な苦労をしているんだけどね。明らかに異質な部隊だからね。
今読んでいるのは、僕の実家が経営している「ヴィストランド工業(始めた頃は「工房」と名乗ったけど、技術力が有る小規模工房をドンドンと傘下に収めて規模が大きくなったので今年から「工業」に名称を変えたんだ)」から送られて来た報告書だ。
お父さんの手書きなので書かれている字が懐かしい反面、公的文書の為に堅苦しい文章なのが少し笑える。
やはり、『魔杖弓M16試作2型』の増産は簡単には行かないみたいだ。
短期的には、1日に1丁の生産数が限度と結論付けられていた。
理由は簡単。ヴィストランド工業の開発部門と生産部門の長が皇国に召し上げられて新しい部隊の立ち上げに忙殺されているからね。まあ僕のことだ。
不幸中の幸いと言えるのが、『魔道具エアコン』の販売が予想以上に好調だったので、増産の為に才能の有る技術者を探し出して確保したり、中には工房ごと買収した上で技術者を育てていたことだ。
だけど、それでもヴィストランド工業は人員が全然足りていないのが現状だ。
お父さんの判断もあるけど、下手すれば『魔道具エアコン』の製造数を減らして『魔杖弓M16試作2型』の製造を優先せざるを得ないかもしんないね。
部隊の拡充の話が出たら確実にそうなるけど。
悩ましいのは、『魔道具エアコン』が輸出でも好調という事なんだ。
ただでさえ売約の生産待ちが発生していたのに、戦争が始まってから、神聖アースガーズ皇国の南に位置するコモン族の2つの国からの注文が却って増えたくらいだ。
きっと、戦争に負けるか戦況が悪くなって製造が出来なくなると見越したんじゃないかな?
ヴィストランド家当主としては嬉しい悲鳴だけど、部隊長としては頭が痛い問題だ。
取り敢えず、更なる『魔杖弓M16試作2型』の増産を指示する文書をカキカキして送ることにした。
「小官は第101補隊所属試制機動小隊の隊長を拝命したアトレ・ライル3、曹ですが、こちらに『第101補隊所属試制増強小隊』の小隊長が居られると聞いたのですが、ご在席ですか?」
後は署名するだけという所まで書いた時に、小隊長室の外から声が聞こえた。
あれ、赴任日は今日だっけ?
そう思って、ペーデル曹長の方を見たら、首を横に振って来た。
「小隊長、入ります」
「許可する」
ドアが開いて、立哨当番の兵長が訊いて来た。
「面会希望者ですが、お会いになりますか? 第101補隊所属試制機動小隊のアトレ・ライル隊長と名乗っています」
「入って貰え」
「ハッ、了解しました。どうぞ、小隊長がお会いするとの事です」
「うん、ありがとう」
入室して来たのは20台前半に見える男性兵士だった。
補隊の制服がまだ馴染んでいないのか、ちょっと借り物を着ている感が有るね。
20台前半に見えるけど、事前に渡されていた考課票では25歳なんだけどね。
男性兵士は身体が室内に入った途端、直立して敬礼をして来た。
「明日着任予定の第101補隊所属試制機動小隊の隊長を拝命したアトレ・ライル3、曹です。本日はご挨拶だけでもと思い、お伺いさせて頂きました!」
「わざわざありがとう。楽にしてくれ」
「ハイ!」
「兵長、悪いが食堂に行って、何か軽く摘まめる物と飲み物を貰って来てくれないか?」
「ハッ!」
そう言えば、まだ応接用の低机や長椅子を用意していなかった。また申請書を書かなきゃ。
「悪いが、曹長、椅子を調達して来てくれないか?」
「はい。申し訳ありません、手配を失念しておりました。今日中に申請しておきます」
「自分もだ。悪いが頼む」
「あ、小官はこのままで結構です」
「いや、そういう訳にもいくまい。お互い小隊長なんだから、身分に係わらず同格だ」
「どうぞ、ご用意するまでこちらの椅子をお使い下さい」
「あ、恐縮です」
ペーデル曹長が、自分が使っていた椅子を僕の机の前まで持って行き、それに腰掛けてもらってから小隊長室から出て行った。
備品室には予備の椅子が有った筈だ。
改めて僕はアトレ・ライル3曹に声を掛けた。
「皇都には慣れただろうか?」
「いえ、あ、はい。皆さん、良くしてくれていますので」
「それは良かった。もし、何か分からない事が有れば、遠慮せずに言って欲しい」
「有難うございます」
「一緒に来た3曹の部下たちも確か今日兵舎に入る予定だったと思うけど?」
「はい、その通りです。正直なところ、お世話になっていた1等士家の当主様も出征が近付いていたので、補隊の兵舎に入れて貰えて助かりました」
「まあ、実戦経験者を野に放って置くのはもったいないからね。それに3曹の機転が無ければ、チャイン帝国の動向を知ることも出来無かったんだから、功績に報いたってことだろう」
今となっては、お家の再興をしようが無い程に壊滅的被害を受けて占領されたライル2等将家だが、その分家でライル家の従士をしていたアトレ・ライル3曹は戦死前の当主から命令されて、生き残った本家一族や途中で出会った避難民たちを引き連れて、ミズガーズ大山脈の裾を進んで皇都までの避難を成功させた。
まあ、皇都に着いたのは僕がタダ村近傍の台地で野宿を余儀なくされていた頃だ。だから、その時の皇都の空気は知らないが、かなり称賛されたらしい。
主家の一族を守り通した事、出会った避難民も見捨てずに全員引き連れて来た事、ライル領の特産だった騎獣のガッグを46頭も運んで来た事(避難民の荷物運びにも使ったそうだが)、チャイン帝国の兵力がどこに配置されているかを確かめた事(見通しの良いミズガーズ大山脈に何度も偵察部隊を登らせたらしい)などなどだ。
本来であれば、主家が没落すれば従士といえども身を立てる事は難しいが、ライル3曹は皇主様肝いりで新設された第101補隊の騎兵小隊を任されるという幸運を得た。
まあ、裏で手を回したのは第2太后陛下だ。
もっとも、その素となる構想を伝えたのは僕なんだけどね。
その名残は機動小隊という名称に残っていたりするんだ。
これで、僕は名目上は小隊長にも関わらず、中隊以上の兵力と共に騎兵部隊も得た事になる。
何故なら、第101補隊には『第101補隊所属試制増強小隊』と『第101補隊所属試制機動小隊』しか部隊がないからだ。
そして来月から再来月には『第101補隊所属試制輸送小隊』が新設される予定だ。
そう、第101補隊には中隊以上の単位が無い。
よって、実質的な補隊長に当たるのが僕だ。
まさしく、「『第101補隊所属試制増強小隊』が小隊という名称を詐称している疑惑」は、灰色を通り越して真っ黒と言えるんじゃないかな。
お読み頂き、誠に有難うございます。