第2章 第8話 「第101補隊所属試制輸送小隊」
20210326公開
【‐皇国歴312年「苦月」10日午前‐】
「しかし、ヴィストランド隊長は凄いですね。世間で言われている『神童』という二つ名は伊達じゃ無いという事を実感しましたよ」
そう言って、果種茶が半分残った、見るからに高そうなカップを低机に置いたのは新たに創設された『第101補隊所属試制輸送小隊』の小隊長に任命されたハンス・ノルデンソン3曹だった。
彼はもともと、碌な抵抗も出来ずに敗走して、一族離散になったヤコブソン2等将家で従士をしていた。
考課票及び彼自身の話によると、チャイン帝国の侵攻部隊との緒戦で、彼が率いていた部隊の右隣に展開していた部隊が崩れた事で孤立したみたい。
一旦は孤立したものの、地図にも載っていない様な間道を通ってヤコブソン2等将家領の南に在るオールソン3等将家領まで撤退。その途中で取り残されていた敗残兵を吸収したけど、その中にヤコブソン2等将家独自の輸送中隊の生き残りが居て、それらを含めた撤退の統率が秀でていたのが評価されて『第101補隊所属試制輸送小隊』の小隊長に任命されたんだ。
付き合いは短いけど、僕が見る限り考課票に記載されていた様に文官としての素質も十分にあると思う。欲しかった人材が上手く手に入ったんじゃないかな。
僕が考える限り、皇国の軍事力の弱点の1つは輸送力の低さ、すなわち兵站能力の低さだ。
実際に僕も被害に遭っている。タダ村の戦いの後、必要な物資が中々届かなかったおかげで野宿を強いられたからね。
建国時の戦いの相手が、まともな軍隊ではなく、豪族レベルの私兵だったんで、短期的な各個撃破を重ねたせいで問題にならなかったのが原因だろうね。
でも、チャイン帝国を相手にするなら、兵站能力は重要な要素になると思う。
例えば、チャイン帝国の騎兵を止める為には馬防柵は必須だ。
もちろん、槍衾も有効だけど、皇国の槍はそれほど長くない。装備している槍をより槍衾に最適な長さの槍にすぐに切り替える事は難しいだろうしね。
その点、馬防柵は設置に時間と手間が掛かるけど、効果が高いし、武器の生産の為にますます需要が増える高価な鉄を使わずに済むので、比較的安上がりで用意するのも簡単だ。
『第101補隊所属試制輸送小隊』は獣車6台で運用を開始するけど、有用性が認められればドンドンと規模を拡大して行く予定だ。
そういう意味でも、ハンス・ノルデンソン3曹が有能な士官という事は重要な事なんだ。
第101補隊所属試制機動小隊の小隊長に抜擢されたアトレ・ライル3曹が挨拶に来た時には無かった低机と長椅子は、申請を出したら、応接セット込みですぐに手配された。まあ、新品ではなく、内裏で使っていなかったセットを回したからじゃないかな。
おかげで、補隊の小隊長室で使うには勿体ないくらいに上等過ぎて、思わず断ろうかと思ったのは内緒だ。
話し続けそうな気配がしたので、口を挿まずに視線だけで続きを促した。
「運良く仕官が叶って、新設される輸送小隊の小隊長を拝命されましたが、ここはとんでもない隊ですね。火力・機動力・装備・戦術、全てこれまでとは違い過ぎて、面食らっています」
ここ最近は、僕が出した備品や装備の申請は全て通っている。
きっとエミリア・ペーデル曹長のおかげだろう。彼女は第2太后陛下が付けたお目付け役だけど、この小隊にかなりの高評価を付けてくれているみたいなんだ。
まあ、第1皇子派と共闘することになったのも大きいと思うけどね。
その影響か、来週には『第101補隊所属試制増強小隊』に更なる分隊が編成されることになっている。
新規に補隊に採用された元従士と元従兵の計9名が配属される予定だ。
増える第3分隊には第1分隊と第2分隊から分隊長と4人の隊員を廻して、ある程度最初から機能するようにしてある。その人選も終わらせて内示も出してある。
これで、9人編成の分隊が3個に加えて、10人の従兵(やっと10人揃ったんだ)も付いて来るという前代未聞の規模の小隊の誕生だ。
公平に見ても、皇国最強の部隊になると思う。問題は練度だけど、チャイン帝国の占領軍が占領地の統治に重心を置いたので、時間的な余裕が出来ると見ている。
多分、春までは動かない気がするんだけど、絶対じゃない。
でも、動き出したら、今度こそ一気に攻めて来ると思う。
出来れば、試制編成の増強小隊を増やしておきたいところだんだけどね。
さすがに欲張り過ぎかも・・・
「3曹の気持ちも分かるが、残念ながらこれでも足りない。きっとチャイン帝国は戦前の想定よりも侵攻が進んだんじゃないかな。その為に、計画を前倒しにして占領地の統治に取り掛かった様に思う。次に動く時はこれまで以上の戦力を投入するんじゃないかな」
「これまで以上ですか? あまり想像したくないですね」
「想像よりは想定を。想定が済めば対策案を。対策案が出来れば準備と訓練を。そして忘れずに覚悟を済ます事だな」
ハンス・ノルデンソン3曹はハッとして僕を見た後、半分残っていた果種茶を一気に飲み干した後でしみじみと言った。
「本当にヴィストランド隊長は凄いですね。こう言っちゃあ何ですが、その御歳で早くも達観されている。自分の子供は隊長よりも3つ上なんですが、そんな言葉を言うなんて想像も出来ませんや。何が違うんでしょうね」
もしかしたら、その子も僕と同じ『夢』を見れば変わるかもしれないな。
だから僕は言った。
「そりゃあ、簡単さ。豊富な人生経験だ」
残念ながら、僕の冗談は受けなかった・・・
お読み頂き、誠に有難うございます。




