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第42話 探していた人物

 その日、放課後の中学校に救急車が停まっていた。

 鳴り響くサイレンの音とともに、部活動中の生徒たちが野次馬と化す。その彼らの前を運ばれていったのは、顔面を血塗れにした金髪の少女だった。

 この学校に金色の髪の生徒など一人しかいない。だからその生徒が誰なのかは皆にはすぐにわかった。


 一方その頃、健斗は柔道場で稽古の真っ最中だった。

 部活動中の生徒が救急車で運ばれたらしい。そんな噂が聞こえてきたので、自分も怪我に注意しないといけないな、などと呑気(のんき)に考えていると、野次馬から戻ってきた先輩が大声で話し始めた。


「運ばれたのは、1年の小林桜子だったぞ! 理由はわからんが、顔面が血だらけだったらしい」


「へぇ、小林か。確かあいつ、水泳部だったよな? 何があったんだ?」


「さぁなぁ。噂だけど、刺されたとか言ってたな。なんにしても物騒な話だよ」


「ひぇ! まさか、恋愛関係のもつれかねぇ。小林ってモテるらしいからさぁ」


 健斗が練習の手を止めてその会話に耳を傾ける。そして直後に用事があると告げて、急いで家へ帰って行った。


 

 小林家には事件の直後に学校から連絡が入った。

 説明によると、女子生徒との喧嘩により桜子が怪我をして、先ほど病院へ搬送されたとのことである。その知らせに浩司と楓子は驚きとともに怪訝な顔をしたのだが、とりあえず救急搬送されたのは間違いないので、急いで病院へ向かった。


 両親が病室に入ると、眉から上を包帯でグルグル巻きにされた桜子がベッドの上に寝かされていた。看護師の説明によれば、意識を失って眠っているだけらしい。

 その傍らには桜子の担任が付き添い、小林夫妻の姿を確認すると立ち上がって会釈をした。その彼へ浩司が開口一番に問いかけた。


「先生! うちの子に何があったんです!? どうしてこんなことになったんですか!? 説明してください!」


 胸倉を掴みそうな勢いで浩司が担任に詰め寄る。一方で楓子は、眠る桜子の顔を泣きそうな表情で見つめていた。

 鬼気迫る浩司の剣幕に圧倒された担任は、やや及び腰になりながら説明を始めた。彼の土気色の唇は、その内心を表わすように小刻みに震えていた。


「小林さんは3年生の女子生徒と喧嘩をしました。そして刃物で額を切られてしまったのです。――申し訳ありません。我々の管理が行き届かなかったばかりに……」


 その言葉に、浩司はさらに一歩担任へにじり寄った。


「あなた方の話はどうでもいい! 私は桜子の状態を尋ねているんです!」


「お、お父さん、とりあえず落ち着いてください! しばらくしたら医師が説明に来ますので、それまで私が事の経緯を説明しますから!」


 必死な形相とともに大声で訴える担任の様子にハッと我に返った浩司は、一歩下がると、大きな深呼吸をして自らを落ち着かせるよう務めた。そして言う。


「取り乱して申し訳ありませんでした。それでは、お話を聞かせてください」



 浩司と楓子は、眠る桜子を横目に見ながら教師の説明を聞き始めた。

 それによると、桜子は3年生の女子生徒5人と言い争いになり、揉み合っているうちに額をナイフで切られた。

 桜子自身も相手二人を殴って怪我をさせた。

 

 とのことである。


 冒頭の説明と大して変わらないその話を、鉄のような自制心とともに最後まで聞いていた楓子だが、話が終わると同時に激しく感情を高ぶらせる。彼女にして、ここまで声を荒げるのは珍しかった。

 

「ちょっと待ってください! うちの子が理由もなく人様に怪我をさせるなんて考えられません! きっと何か事情があるはずです!」


 厳しい口調で楓子が詰め寄る。その剣幕に担任が後退りそうになっていると、今度は浩司までもが同じようににじり寄ってきた。


「先生! いま喧嘩と言いましたけど、そもそも5人で1人を取り囲むのを喧嘩って言うんですか!? それって、いじめとか、リンチって呼ぶんじゃないんですか!? しかも刃物まで……絶対におかしいでしょう!?」


「と、とりあえず、学校の中で起こったことですから、我々が責任をもって対処しますので! まずは経緯を説明したまでですから、詳しくはもう少し時間をいただきたいのです。ともかく、双方から話を聞かなければ始まりません。とりあえず、小林さんの意識が戻るのを待つしかないでしょう」


 その返答に対し、浩司はなおも食って掛かろうとしたのだが、楓子にシャツの肘を引っ張られて再び自制を取り戻した。


「……わかりました。よろしくお願いします」


 沈黙が訪れ、小林夫妻と教師との間に気まずい空気が漂い始める。仕方なく楓子が場を和らげようと口を開きかけていたところへ、扉からノックの音が聞こえてきた。

 咄嗟に楓子が返事をすると、白衣を着た医師が扉を開けて入ってくる。それを見た教師の顔には明らかな安堵の色が浮かんでいた。



 担当医師から桜子の状態が伝えられた。

 桜子は額をナイフで長さ約5センチ、深さ2ミリ切られていた。場所は右の額の髪の毛の生え際近くで、傷の深さは頭蓋骨に届くほどである。


 前頭筋と呼ばれる、眉を動かす筋肉が切断されているため、できるだけ早く縫合手術をする必要がある。また、手術の結果によって、今後は右眉が動かせなくなる可能性があるらしい。くわえて、傷跡もそれなりに残るだろうとのことだった。


 場所的に出血しやすい箇所であるし、実際に相当量の出血をしていたので、ここ数日は血圧の低下や意識の混濁が見られるかもしれない。

 とりあえず検査と手術の準備があるので、桜子はそのまましばらく入院することになった。

 

 


 桜子は夢を見ていた。

 辺り一面の暗闇。けれど、なぜか自分には自分が見えている状態で、しかも身体の感覚もなくて動けないのにまったく恐怖感がない。


 そんな意識だけのような状態で桜子がふよふよと漂っていると、次第に前方から光が見えてくる。それは輪郭のないぼんやりとしたものだったが、よく見ると人の形をしていた。それが桜子の方へ近付いてくると、徐々に男のような姿を現した。


 全身を光に包まれた男。彼が桜子をじっと見つめる。

 年齢は30歳前後。中肉中背で目が糸のように細い。かなりの強面かつ桜子の知らない人物なのだが、やはり不思議と恐怖感を覚えなかった。


 いや、むしろ親近感と言うか、郷愁感と言うか、どこか懐かしい感じがした。特にその細い目は、見ているだけで気分が和む。

 言うなれば、子供の頃から知っている古い友人に再会した感覚。そんな感じだろうか。


 その強面の男は、桜子をじっと見つめた後に片側の口角だけを上げて微笑んだ。それはどこか皮肉めいた表情であり、やはりどこかで見たことがあるような気がした。

 彼へ桜子が尋ねる。


「あなたは誰? あたしを知ってるの?」


 その問いに男が答えた。


「俺はお前だよ。お前は俺が誰なのか知っているだろう?」


「あなたはあたしなの? あたしがあなたを知っているって……」


「まだわからないのか? お前は俺をずっと探していただろう?」

 

「えっ……!?」


 桜子の顔が驚愕に彩られる。

 

 まさか、それって、もしかして……


「あ、あなたは……すずき……ひでひと……?」


 発することができたのはたった一言だけ。

 桜子の意識は再び闇の中に消えていった。

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