第4話 神様?
目の前が真っ白だった。
……ん?
俺は確か、地面に倒れていたはずじゃないか。
ということはここは病院か。桜の病院の目の前で倒れたんだから、そのまま担ぎ込まれたんだろう。
——にしては、おかしい。
ベッドに横たわっている感覚がない。というか、床も天井も壁もない。
俺はただ、真っ白な空間に、ぽつんと浮かんでいた。
(……もしかして。ここって「あの世」ってやつか? ということは俺、死んだのか?)
あぁ神様、教えてくれよ——
「あぁ、そのとおりじゃな」
どこからともなく声がした。
振り向くと、目の前に白いジジイが立っていた。
「誰が『白いジジイ』だ。失礼な奴め」
って、心の声が筒抜けじゃないか!?
「お前が神に向かって心の中で『白いジジイ』と呼んだんじゃろが。まったく」
……神、なのか? 本当に?
テレビやマンガそのまんまの見た目じゃないか。
「見る者の意識で儂らの姿は如何様にもなる。この姿はお前が思い描く神を表現したにすぎぬ」
(ちょっと待て。じゃあ俺の中での神様が「セクシー姉さん」だったら、今ここにそれが現れていたってこと? なんで最初にそれを想像しなかったんだ俺は!!)
「その通りじゃが、もはや手遅れじゃな。残念じゃったのぅ」
くそう……! 今からでもチェンジできないか!?
「えぇ加減にせんかい」
神様に一喝された。
俺は大人しく居住まいを正す。
「——まぁよい。ところで、お前は死んだ。何か言いたいことはあるか?」
随分ストレートな物言いだ。でも確かに、今の状況で何か言いたいことがあるとすれば——
「あの親子は助かったのか」
「神に対してタメ口とは……まぁよい、教えてやろう。あの親子は無事じゃよ。母親は手足に擦り傷を負ったが、女の子はまったくの無傷じゃ」
良かった。
それだけわかれば、十分だ。
「——しかし、お前のような人間が最後にあんな行いをするとは、さすがの儂も驚いたわい」
(どういう意味だ、「お前のような人間が」って。若干失礼じゃないか?)
「事実じゃろが」
否定できなかった。
「ちなみに、お前の母親が後片付けをしてくれたぞ。感謝するんじゃな。——もっとも、お前の母親への態度は、とても褒められたものではなかったがのぉ」
……どうして俺のことが伝わったんだ。居場所も教えていなかったはずなのに。
神がその経緯を教えてくれた。
運転免許証から本籍を調べた警察が、実家に連絡した。種を明かせば、たったそれだけの話だ。
俺の死体に対面した母親は、かなり憔悴していたらしい。
十年ぶりに会えた息子が、死体だった。
……それはどんな気持ちだっただろうな。
夫に続けて息子まで失った母親は、一言も喋らないまま、黙々とアパートの片付けをして帰っていったそうだ。
「葬式は家族だけで済ませた。参列者は母親と姉、姉の子供、妹の四人だけだったぞ」
ぼっち上等の俺だ。葬式だってそんなもんだろう。
——それより、姉が結婚して子供までいたのか。そっちの方が驚く。妹が来たことも、少し意外だった。
「お前のためではない。母親のためじゃ。結局、姉も妹も最後までお前への態度は変わらなかったな。——で、どうじゃ? 人生を振り返って、後悔しておるか?」
後悔は——していない。
母親には悪いことをしたと思う。でも父親、姉、妹との関係に、改善の余地なんてなかった。
「ほぅ。後悔はしておらんか」
神が俺を見つめる。
「血の繋がった家族にあんな態度をとっておきながらのぉ。世の中には家族の愛を欲しても得られない者が沢山おる。自ら家族の愛を遠ざけるなんぞ、まったく愚か者のすることじゃ」
(おぅ、なにメンチ切っとんじゃ——)
……いや、待て。俺も大人になったんだ。落ち着け。
でも納得はいかない。まるで全部俺が悪いみたいな言い方じゃないか。むしろ俺の方が——
(あまり舐めたことを言うと、小突き回すぞジジイ)
「ふむ、まぁ良い」
神は小さく息をついた。
「ともあれ、お前は死んだ。これから生まれ変わることになるが——来世に何か希望はあるか? お前の家族への態度は褒められたものではなかったが、最後の行いに免じて目を瞑ってやろう」
まだ言うか。
……でもまあ、来世の希望を聞いてくれるのか。意外といい奴だな。
俺はちょっと考えた。
男って大変だよな。家族のために一生働いて、気を張り続けて。
その点、女は楽そうだ。金持ちの男を捕まえれば一生安泰だし。
それに俺は顔面偏差値で苦労してきたから、外見も高スペックにして欲しい。
人付き合いも苦手だったから、誰とでも仲良くなれるスキルも欲しいぞ。
「家族愛」ってやつも、一度くらい経験してみたい。殺伐とした家族関係はもう懲り懲りだ。
あと——親友とか、幼馴染とかにも、密かに憧れていたりする。
「随分と欲張りな奴じゃのぉ……まぁわかった。希望はあらかた理解したぞ」
待て待て待て。まだ正式に何も決めていないぞ。
というかその目が怖い。なんでそんな爛々と輝いてんだよ。
「ふん。まったく反省しておらぬようじゃな」
神が、にやりと笑った。
なんか、嫌な予感がする。
「承知した。お前の望むものをすべて与えてやろうではないか。本来ならこんなサービスはせんのじゃがな——最後に助けた親子に免じて、お前が家族から受けた仕打ちも考慮して、特別に叶えてやる」
「マジか。全部叶えてくれるのか? 太っ腹じゃねぇか」
「まぁな。じゃが忘れるな——お前が家族にしてきた行いを。そして『家族愛』とやらを、思う存分味わうがいい」
その言葉と同時に、視界が暗くなっていく。
きっと俺は生まれ変わるのだろう。
でも——最後のジジイの言葉が、どうにも引っかかっていた。
「家族愛を思う存分味わうがいい」。
それは祝福の言葉のはずなのに。
なぜか、少しも嬉しそうじゃなかった。
まるで——何か、知っているみたいに。




