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第39話 嫉妬

 最近、桜子は何かにつけて元気がなかった。心配した両親が理由を尋ねてみても、口を閉ざしたまま何も話そうとしない。

 そんな中、もはや自分の手には負えないと判断した健斗が、桜子の受け取っていた嫌がらせの手紙を持って小林家へ報告しに来た。


 桜子の両親が手紙を慎重に読み進めていく。その内容は時間とともにエスカレートし、最近のものに至ってはもはや脅迫めいたものであることが明らかになった。

 この状況を放置するわけにはいかない。そう感じた両親はすぐさま学校へ相談に行き、学校側も調査を約束してくれたのだが、その後の連絡もないまま時間ばかりが過ぎていった。


 学校は一体何をしているのか。焦れた両親が改めて学校に状況の報告を求めようとしていたその時、予期せぬ出来事が起こった。



 ◆◆◆◆



 西村綾香(にしむらあやか)はイラついていた。

 話題の美少女が入学してきたという噂を聞いてはいたが、当初、彼女はそれほど関心を持っていなかった。それがどれほどの美少女であっても、未だ13歳の子供に過ぎず、それほど注目するに値するとは思えなかったのだ。


 しかしある日の午後、綾香は学校の廊下でその噂の人物と遭遇した。髪が金色の生徒など、この学校には一人しかいない。だから綾香には、彼女が噂の美少女であるとすぐにわかった。

 何か楽しいことでもあったのか、その少女は顔に満面の笑みを湛えており、その横をすれ違った綾香は、次の瞬間、驚愕のあまり振り返っていた。


 雪のように真っ白な肌に、ふわふわと輝く白金色(プラチナブロンド)の髪。

 真夏の空のように澄み渡った青い瞳と、小さいけれど筋が通った形の良い鼻に紅を引いたような紅い唇。 

 それだけでも思わず二度見するほどに美しかったが、さらにその少女は首から下も完璧だった。

 

 顔が小さく頭身の高いすらりとした肢体に、白く長いほっそりとした腕。

 スカートから覗く脚もまた白く、その長さは身体の半分はあるかと思うほどだった。


 綾香から見てもその少女の容姿は完璧だった。そして、思わず見惚れた自分に気付いてしまう。


 この学校で自分が一番の美少女であると自負する綾香にとって、他人に見惚れることは許されざる行為だった。しかもぽっと出の少女によって自分の地位が揺らぐかもしれないなんて、彼女のプライドが決して許さない。

 その日から綾香は、桜子を敵視するようになった。



「1年の小林ってさ、めっちゃラブレター貰ってるらしいよ。しかも全員振ったんだってさ。マジうける」


「はぁ? 何様のつもり?」


「なんかぁ、相手が指定した場所にもぉ、絶対に行かないらしいよぉ。噂じゃぁ、ラブレターなんてすぐに捨ててるらしいしぃ」


「なにそれ、生意気。ちょっといい気になってんじゃね?」


 いつもの女子トイレの片隅で、友人たちが少女の噂話に花を咲かせている。綾香はそれを聞きながら、あの小生意気な1年にどうやって思い知らせてやろうか考えていた。

 

 初めて少女を見かけた日の翌日、綾香は廊下で彼女に話しかけてみた。

 初対面の綾香に対してその少女は終始にこやかに対応し、くわえて、自分の美貌をまったく鼻にかけないどころか、どうやらその恵まれた容姿を正確に理解していない様子さえ見せた。


 二言三言交わしただけで、綾香はその魅力に惹き込まれそうになる。その眩しい笑顔と柔らかな声は、綾香にさえも男子連中が夢中になる理由がわかるものだった。

 

 それが綾香には許せなかった。


 西村綾香は3年生だ。背が高くスタイルも良く、目鼻立ちも整った自他ともに認める美少女である。入学してからずっと注目を集めてきたし、数多の男から告白もされてきた。この学校で美少女と言えば自分のことだったのだ。

 にもかかわらず、あの少女が入学してからすべてが一変した。それまで自分を褒め称えていた男どもが、あの少女に夢中になっていったのだ。


 悪いのはあいつだ。あいつが来なければこんなことにはならなかった。

 

 自分にこんな惨めな思いをさせた小娘に、思い知らせてやらなければならない。

 あぁ、どんな酷い目に遭わせてやろうか……


 その日から綾香は、友人に命じて剃刀入りの手紙を少女の下駄箱に忍ばせるようになった。そして手紙のメッセージも少しずつ追い詰めるようなものに変えていく。


 ゆっくり、ゆっくりと怖がらせてやる。そして苦しめばいい。あの天使のような笑顔を奪ってやるのだ。



 ある日を境に、時々桜子の下駄箱に剃刀入りの手紙が届くようになった。すると健斗は、手紙を開封せずに自分へ渡すよう伝えて、犯人を特定しようと下駄箱の周りで張り込みをするようになる。けれど彼がいる時間にそれらしい人物が現れることはなかった。

 どうやら犯人は、健斗と桜子の行動や時間を把握しているらしく、授業や部活などで自由にならない時間を狙って手紙を届けられていた。


 健斗は手紙の内容を桜子に伝えていない。いや、伝えられなかった。始めの頃は短い文章で簡単な悪口が並んでいる程度だったが、すっかりエスカレートした最近のそれは、とても彼女に伝えられるようなものではなかったからだ。


 健斗が桜子の両親に相談すると、二人はすぐに学校へ相談しに行った。その時の健斗は、これで全ての問題が解決すると信じ切っていた。


 


 7月のある日の昼休み。

 綾香と4人の友人たちは、いつものように空き教室が続く3階の隅にある女子トイレで(たむろ)していた。すでに制服は夏服へと変わり、全員が涼しげな白いワイシャツ姿である。


「あのさぁ、小林宛の手紙なんだけどぉ、なんか男の子が全部持ち帰ってるみたいよぉ」


 くるくる巻き毛の垂れ目の少女が、イメージ通りののんびりした口調で言う。それに対して、背が高く髪の短いボーイッシュな少女が答えた。 


「なにそれ。じゃあ、小林ってあの手紙読んでないんじゃねぇの?」


「たぶんねぇ。それにあの男の子ってぇ、もしかして小林の彼氏かもねぇ」


「なに、あいつ彼氏持ちなの? けっ!」


「ねぇ綾香ぁ、手紙作戦はもうだめかもねぇ。どうするぅ?」


 巻き毛の少女がトイレの一番奥を見る。そこには皆の話を黙って聞く綾香がいた。4人に見つめられた彼女の顔には、何か面白いことを思いついた子供のような笑顔が張り付き、友人たちを見渡しながら話し出した。


「もう、まどろっこしいことはやめるわよ。だって、とっておきのネタを見つけんだもの。これ、かなり面白いわよ」 


 言いながら片側の口角を釣り上げた綾香の手が握るスマホには、とあるニュースサイトの画面が映っていた。


 


 放課後。部活に行こうと桜子が廊下を歩いていると、突然背後から声を掛けられる。名札の色から3年生であることがわかったが、桜子には覚えのない相手だった。

 不思議に思いながらその女子生徒に近付いていくと、廊下の角から複数の女子たちが歩み出てくる。


 人数は全部で5人、全員が3年生のようだ。桜子は思わず後退ろうとしたが、すでに背の高い少女が後ろに回り込んでいた。

 焦って周囲を見回すと、正面に立つ、少し髪が茶色がかった少女が口を開いた。


「お久しぶりね、小林桜子さん。相変わらず綺麗な顔をして、羨ましい限りだわ」


 その少女は美しかった。

 誰もが認めるであろう整った目鼻立ちに茶色の瞳。髪も全体的に茶色だが、それは染めているのではなく、細い髪質が全体をその色に見せているらしい。そしてすらりと背が高く、スタイルも抜群だった。

 桜子は彼女に見覚えがあった。一月ほど前だろうか。廊下でにこやかに話しかけて来た少女に違いない。

 しかしその綺麗な顔には、当時は見る影もなかった邪悪な笑みが浮かんでいた。


「なっ、なんでしょうか。あ、あたしに何か御用ですか……?」

 

 桜子は怯えていた。どう好意的に捉えても、相手の話し方と表情はおよそ友好的に見えない。

 一目見た感じでは、髪型や制服も校則通りだし、化粧をしている様子もない。どう見ても、いわゆる不良少女の類とは思えなかった。

 しかし、明らかに自分に対して悪意を持っているのが感じられる。

 

 恐怖に身を震わせる桜子。彼女へ少女が告げた。


「ここじゃ目立つから、こっちに来てもらおうかしら。さぁ、付いて来て。ただし声は出さないでね。――もし出したら……わかるわね?」


 少女の口調は柔らかだが、むしろそれがより一層の恐怖を煽る有無を言わせない迫力が滲んでいた。

 合図とともに背の高い少女に手を引かれた桜子は、なけなしの勇気を絞り出して抵抗を試みたものの、とても抗えるものではなかった。

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― 新着の感想 ―
つまらん嫉妬で後に事件起こすとはね、浅はか。スタイルその他は人種的な違いなのを理解出来んか。それこそ桜子に傾倒していりゃ人生積まなかったのに。 、
[気になる点] 誤変換?:綺麗 「お久しぶりね。小林桜子さん。相変わらず奇麗な顔をしているわね。羨ましい」 [一言] 誘拐事件を経験させられたのに、何故防犯ブザーを持ち歩かなかったのでしょうか?子供携…
[一言] 嫉妬は醜いね ピンチになりそう、そして秀人が出てくる予感が...
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