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第37話 ぽろり事件簿

サービス(?)水着回です。

 桜子はぶーたれていた。

 皆に寄ってたかって裸をガン見された挙句に、大事なところを指差されて「金髪だ!」と指摘されたのだ。

 そもそも、髪が金色なのだから、あそこも同じ色であるのは全く不思議なことではない。むしろ、そこだけ色が違う方がよほどおかしいだろう。


 と、桜子は釈然としない思いを抱かざるを得ない。


「うぬぅ……おのれぇ、憶えていろよぉ……」


 思わず涙目になりながら、乙女らしからぬ呻き声を漏らす桜子だった。



 桜子たちがプールサイドに姿を現すと、プールを挟んで向かい合う男子生徒たちの視線が一斉に集中した。

 桜子が被るぴったりとしたスイミングキャップは、形の良い卵型の頭と整った目鼻立ちをより一層際立たせ、中でも耳から顎にかけてのラインは、まるで芸術作品のような完璧なカーブを描いていた。


 顔が小さく、頭身の高いスラリとした体形の彼女だが、よくよく見れば、水泳で鍛えられた身体は程よく引き締まっている。普段はスカートを履いているので目立たないが、特に臀部から腿にかけての筋肉は決して一朝一夕でつけられるものではなかった。


 しかしながら、まさに思春期真っ只中の男子中学生の興味は胸一択と言っても過言ではない。赤ん坊でもあるまいし、どいつもこいつも皆「おっぱい、おっぱい」とうるさいのだ。

 とはいえ、胸の大きさだけで言えば、桜子には強力なライバルが存在する。それは誰あろう、東海林舞(しょうじまい)だった。


 少々気が強そうな猫目ではあるものの、舞は整った美しい顔立ちをしている。くわえて、わずか13歳にして160センチを超えるスラリとした長身は、ジュニアモデルも羨むほど均整がとれていた。

 特にその見事に発育した胸は、多感な思春期の男子中学生にとってはまさに暴力と呼ぶに相応しい。これでまだ発展途上だというのだから、果たして将来はどうなるのかと余計な心配をしてしまうほどである。


 その舞は、自身の恵まれた美貌とスタイルを十分に理解しており、また周囲からどう見られているかも熟知していた。

 対して桜子は、ぺたんこと言っても言い過ぎではない。いや、彼女の名誉のために付け加えるならば、同年代の女子と比較しても平均的な大きさではあるのだが、舞の前ではまるでまな板のように見えた。


「うわ、すっげ……東海林のやつ胸でけぇ……」 


「背も高いし、めっちゃスタイルいいよな」


「なんかエロい」


 思いもよらぬ伏兵の登場に、今や男子の関心は舞一色に染まる。その存在の前では、さすがの桜子も霞んで見えたのだった。



 教師の号令によって水泳授業が始まった。

 準備運動を終えた生徒たちは順にプールへ入り、ウォーミングアップを兼ねて短距離を軽く泳ぐ。現役の水泳部員である桜子は基礎練習には参加せず、代わりに教師の指示で泳げない者のサポート役に回っていた。

 

 桜子の水泳部活動は順調だった。先輩たちには可愛がられ、同期の仲間たちとも仲が良い。

 同期の2人はまだ基礎練習の段階にあるが、競技経験者の桜子は先輩たちとともに大会に向けた練習を積んでいた。

 彼女のタイムはすでに2年生を上回るほどで、それに刺激された先輩たちもより一層の努力を重ね、その結果がさらに良い相乗効果を生んでいた。


 一方で、顧問である根竜川の悩みは尽きない。自身の水泳経験のなさによる指導力不足だけは如何ともし難く、どのように部員たちを導けばいいのかわからなかった。

 それを察した桜子が、小学生時代の水泳スクールで培った練習ノウハウを持ち込んでくる。それは根竜川にとってまさに救いの手となり、その情報を基に練習メニューを組み立てていくことになった。


 言ってはみたものの、自分のような新人が練習メニューを提案することに桜子は非常に恐縮していたが、彼女の泳ぎの無駄のなさや叩き出すタイムがその有用性を証明していたので、誰一人として文句を言う者はいなかった。


 その結果、部員全員のタイムが伸びた。特にここ最近タイムが伸び悩んでいた3年生たちは、これで引退試合である夏の大会に期待が持てそうだとして、俄然やる気を出し始めた。

 最初はただの客寄せパンダ扱いされていた桜子だったが、今では部にとってもなくてはならない大切な存在となっていたのだった。




 田村光は絶体絶命の危機にあった。

 彼女は身長が140センチもないうえに、まったく泳ぐことができない。にもかかわらず、皆と手を繋いで進んだプールの中央で底に足が着かなくなってしまったのだ。

 

 沈みゆく自身の身体に光がパニックに陥る。繋いでいた手を振りほどき、浮き上がろうと必死にもがいてみても全く効果がない。隣にいる友人へ助けを求めようと試みるが、すでに水面下へ沈んだ口からは満足に声も出なかった。

 

「たっ、たすけっ! がぼがぼっ! だ、誰か! がぼがぼがぼ!」


「……あっ、田村さん!?」


「がぼがぼ!」


「きゃー! 光ちゃんが!」


「先生、大変です! 田村さんが溺れてます!」


 友人たちが一斉に助けを求めたが、その時すでに光は溺れていた。

 水面に突き出された両手はなんとか動いていたものの、肝心の頭部は完全に沈んでいる。もがけばもがくほど身体は深く沈み、彼女は完全にパニック状態に陥っていた。


 声に気付いた教師と桜子がすぐにプールへ飛び込み事態の収拾に向かう。するとその時、一人の生徒が光に手を差し伸べているのが見えた。


「ちょっ、ちょっと、こうちゃんしっかりして! ほら、手を握って!」


 必死な形相とともに、光を水から引き上げようとする一人の少女。

 それは舞だった。彼女は暴れる光の手を掴もうと、懸命に手を差し伸べていたのだ。


「あっ、だめ! 正面から近付いちゃいけない!」


 それを見た桜子が慌てて叫んだ。

 溺れる者に正面から近付いてはいけない。それは水難救助の基本である。なぜなら、パニックに陥った者に全力でしがみ付かれてしまい、救助者の身体の自由まで奪ってしまうからだ。結果、両者共倒れになる。


 そして、その懸念は現実のものとなった。必死に何かを掴もうとする光の手が、舞に触れるや否や、想像を絶する力で水中へ引き込もうとしたのだ。

 慌てて引きはがそうとする舞と必死に掴もうとする光。その結果、舞の水着が思い切り引っ張られてしまった。


「あぁ!」


 突如響き渡る甲高い悲鳴。

 見ればそこには、盛大に水着の胸元をはだけさせた東海林舞がいた。


 もちろんそれは皆の注目の的である。もとよりそこでは光が溺れていたし、すでに幾人もが救助に向かっていたのだから。

 とはいえ、不幸中の幸いと言うべきか、水着の中に着用していたサポーターのおかげで、辛うじて胸の先端部分は晒さずに済んだ。


 その後、光が手を放した拍子に水着はもとに戻ったが、横乳が盛大に水着からはみ出るという、余計に際どい姿になってしまった。それを見た桜子が身を挺して隠そうとしたのだが、時すでに遅く、その一部始終は多くの男子生徒の目に焼き付けられた後だった。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁーい!」


 授業が終わり、傷心の舞が更衣室で着替えている最中、医務室から戻ってきた光がスライディング土下座をして謝り始めた。その顔が相当青ざめて見えたのは、決して溺れたせいだけではないだろう。

 けれど舞は、友人の謝罪には目もくれずに叫んだ。 


「えぇーん! もうお嫁に行けないー!」

 

 舞は泣いていた。

 ただただ、何もない天井を見上げて咽び泣いていたのだった。

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