第34話 喧嘩と横恋慕
5月中旬。
クラスが異なり、放課後もそれぞれが部活動に忙しい最近の桜子と健斗は、毎朝の登校時に少し会話をする程度だった。
短い時間ではあるが、その中で昨日あったことや面白かったことなど、取り留めのない話をして二人は互いに満足していた。
明るく朗らかで話しやすい性格の桜子は、クラスメイトたちともすぐに打ち解けた。彼女の圧倒的な美少女ぶりと、相手をじっと見つめる澄んだ青い瞳は、しばしば初対面の者を圧倒するが、少し話すだけで彼女が明るく、よく笑う、飾らない性格の持ち主であることがわかる。
くわえて、桜子がかなりの天然であることも周囲に知られるようになっていた。
入学直後に声を掛けてきた東海林舞と田村光とは特に仲が良くなり、今では休み時間や給食時は友里も加わって4人で過ごすことが多い。そして友里とは、いつも気軽に何でも話せる幼馴染の悪友といった関係を続けていた。
桜子と舞が一緒にいるとき、周囲は二人を遠巻きに見ることが多かった。舞は気が強そうな猫目が特徴の、すらりと背が高く、腰まで届く黒いストレートの髪が印象的な和風美人だ。
一方の桜子は、たれ目がちな大きな瞳と高く筋の通った鼻、そして白に近い金色の髪が特徴的で、身長も舞に劣らずスラリとしている。
そんな二人に対して周囲の者たちは、「舞は美人系で桜子は可愛い系」と評していた。
ある日のこと。桜子たちが教室で雑談をしているときに、話の流れで光が桜子に尋ねてきた。
「そうそう、前から訊こうと思っていたんだけど、1組の木村君って、桜子ちゃんとどういう関係なの? 付き合ってるの?」
「それ、私も聞きたいわ。実は私も前から気になっていたのよね」
その話題に、目を爛々と輝かせて舞が食い付いて来る。どうやら彼女はこの手の話題が好きらしい。その彼女へ桜子が答えた。
「えっ? 健斗? ううん、付き合っていないよ。健斗は1歳の時からの幼馴染なだけだよ」
「ふぅん。でもね、毎朝楽しそうに一緒に登校してくるでしょう? それを見ていると、ただの幼馴染には見えないのよね。――それで、本当のところはどうなの?」
舞がニヤニヤとした顔で尋ねてくる。
「い、いや、べつにそういうのじゃないし。家が近いから、一緒に学校来てるだけだし」
桜子は少し焦り気味だった。なにか都合の悪いことを聞かれたのかもしれない。明言を避けようと彼女が口をモゴモゴさせていると、友里が横から口を挟んできた。
「健斗かぁ……。ねぇ桜子。この際だからわたしにも教えてよ。実際どうなの? あんたは健斗のことどう思ってるのさ?」
友里の鋭い一言に桜子が顔色を変え、何とも言えない表情で口をぱくぱくさせる。すると友里は、さらに突き放すような口調で言葉を重ねた。
「だいたいさぁ、健斗もだらしないのよね。傍から見てたってわかるのに、何にも言わないんだから」
「えっ、そうなの!? そこんところ詳しく!」
舞がさらに食い付いて来る。間違いなくこの手の話題が大好物のようだ。
「ほんとはっきりしないよねぇ、あの男。優柔不断だし頼りないし無口だし、桜子より背は低いし童顔だし短足だし――」
続けて友里が健斗のことをディスり始める。それを聞いていた光が「短足は関係ないんじゃない?」と呟くと、それまで黙って聞いていた桜子が抗議の声を上げた。
「そ、そんなことないよ! 健斗は優しいし、男らしいし、頼りになるよ! 背は……まぁ、あたしよりちょっと低いかもだけど……でも、健斗の良いところなら、あたしいっぱい知ってるんだから!」
桜子が珍しく感情的になっていた。どうやら、友里による健斗のディスりが気に入らなかったらしい。いつも優しげな微笑――天使のスマイルを浮かべる彼女からは想像もできない感情の高ぶりは、舞たちだけでなく、教室中の者たちをも驚かせた。
けれど、長年の付き合いを通じてそんな彼女の一面を知っている友里は、何の驚きもなく言い返す。
「あっそう。そこまでわかってるなら、いつまでも待ってないで、あんたの方からアプローチすればいいじゃん!」
次に友里は、桜子に対して厳しい言葉を放った。彼女にとって、そこまで強い口調は珍しかった。
友里は普段から誰にでもはっきりと物を言う性格をしているが、桜子に対して強く出ることは滅多にない。しかし今回はその限りではなかったようだ。
思わぬ反撃に意図せず桜子は後退りしてしまう。その姿を見て、友里はさらに厳しい言葉を重ねた。
「なんかさ、あんたたち見てるとイライラするんだよね! いつまで仲良しごっこするつもりなのよ!」
「えっ……」
桜子の顔に驚きの表情が浮かんだ。青い瞳は大きく見開かれ、小さな口は閉じきれずに半開きになる。それを見た友里の表情が急に変わり、眉尻を下げて目を細め、口角を下げた。
そんな「後悔」の表情を浮かべて友里が呟いた。
「ご、ごめん……」
友里はもはや桜子の顔を見ようともせず、そのままスカートを翻して走り去っていく。桜子は呆然とした顔でその後姿を見送ることしかできなかった。
とぼとぼと自分の席へ戻る桜子を見て、舞はしたり顔で言った。
「ははぁ……そういうことね」
舞が人差し指を立てて光を見つめる。
「ねぇ、こうちゃん。結局のところ、桜子って木村君のことをどう思ってるのかしらね」
「うーん、はっきりしないけど、たぶん好きなんじゃない? お互いに」
「だろうね。でも、まだよく理解してないのかも。お互いにまだ『お子様』っていうことなのかもしれないわね」
「でもさマイマイ。きっと友里ちゃんも木村君のこと……」
「そうねぇ、ちょっと難しいわよねぇ。ひょっとしてこれは拗れるかも。桜子と友里は幼馴染の親友同士だし。ついでに木村君もね」
舞の口調は心配そうである一方で、その瞳は興味深そうに輝いていた。それを見る限り、彼女は本当にこの種の話題が大好物のようだった。




