表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/184

第12話 入園式と撮影会

 季節は秋へと移り変わり、桜子は一歳六ヶ月になった。


 毎週水曜のママ友会はすっかり恒例になり、楓子も桜子も、その輪にすっかり馴染んでいた。


 ある時、楓子はママ友たちが桜子の話題を意図的に避けていることに気づいた。心遣いはありがたいが、いつまでも隠しておくことでもない。だから楓子は自分から話した——桜子が養子であること、生まれた事情のこと。


 友人たちは笑顔で受け止めてくれた。それだけで十分だった。


 楓子がもっとも親しくなったのは、木村幸(きむらみゆき)だった。

 幸はシングルマザーだ。健斗と実母と三人で、小林家から歩いて五分の実家で暮らしている。近所の個人病院の受付として働いていて、水曜の午後が休診のため、その時間でママ友会を開いていた。


 健斗が生まれる前に離婚して実家へ戻った経緯がある。原因は夫の浪費と暴力。子供が生まれれば変わるかと思ったが、何も変わらなかった。

 実母の協力でなんとか乗り切ってきたが、最近は「やっぱり子供には父親が必要なのかもしれない」と思うこともあると、楓子にだけこぼしたことがある。


 明るくさばさばした幸の性格は、楓子とよく合った。気づけば二人は水曜以外にも会うようになり、桜子と健斗もいつの間にか特別に仲の良い間柄になっていた。



 ◇



 月日が経ち、桜子は三歳になった。


 四月二日。春の息吹が感じられるこの日に、小林家のリビングには甲高い声が響いていた。


「もう、パパ! やーっ!」


 真新しい幼稚園の制服に身を包んだ桜子が、ぷりぷりと頬を膨らませている。


 幼稚園の制服が届いたのはつい先日のことである。

 サイズ確認のために着てみることになったのだが——その言葉を聞いた瞬間、浩司がどこからか新調したばかりの一眼レフカメラを持ち出してきた。太くて長い大きなレンズが、まるでバズーカ砲のように物々しく見える。


 楓子の影から現れた桜子の姿を見て、浩司は動きを止めた。


 少し上向きの金色のツインテール。

 大きな丸い襟のついた白いシャツと、紺色のブレザー調の上着。

 襟元に結ばれた赤い大きなリボンと、濃い緑色のチェック柄のスカート。

 紺色のハイソックスと、小さくて可愛らしい黒い靴。


 その全てが、桜子を神がかり的に可愛らしく見せていた。


「なに、この可愛い生き物……」


 思わず浩司が呟いた。


 これほどまでに愛らしい存在がこの世にいるのかと感動し、その存在が自分の娘であるという事実に打ち震える。涙目になりながらも、浩司は夢中でシャッターを切り続けた。


 様々なポーズを取らされ続けた桜子が、しびれを切らした。


「むぅー! あたち、疲れちゃったの。もういやよ!」


「あぁ天使ちゃん! あともうちょっとだから我慢してよ、お願い!」


「パパきらい! あっちいって!」


 最愛の娘からの容赦ない一言に、浩司は人目も憚らずに泣いた。


「ねぇパパ。桜子が拗ねちゃってるわよ。もうそのくらいにしたら?」


 楓子の声は、もはや呆れを通り越していた。



 ◇



 入園式当日。


 式の開始を待つ教室に、園児と保護者が集まっていた。どの子も可愛らしかったが——その中でも桜子は、明らかに目立っていた。


 周囲の視線を一身に集めた桜子は怖気づき、園児用の小さな椅子の上から楓子の顔を見つめていた。隣の若い母親が、小声で楓子に話しかけてくる。


「すっごい可愛い! あの子ハーフですかね、お人形さんみたいですね!」


「え、えぇまあ……でも、他の子だってみんな可愛いですよ」


「うん、確かに! でもあの子が一番かも!」


「あはは……そうですねぇ……まぁ、私もそう思いますけど……」


 もはや楓子は半笑いするしかなかった。親バカ発動寸前だが、ここは堪えどころだ。


 視線に圧倒されて今にも泣き出しそうな桜子の横で、隣に座っていた健斗がそっと彼女の手を握った。


 まだ三歳の幼稚園児だ。でもその時の健斗の顔は——不思議と、女の子を守る男の子のそれになっていた。



 ◇



 入園式も無事に終わり、月日は流れて、五月に桜子は四歳になった。


 そんなある日、幼稚園へ迎えに行った楓子に担任の先生が声をかけてきた。

 来年度の入園案内パンフレットに、桜子の写真を使わせてほしいという依頼である。


 考える時間が欲しいと伝えて帰宅した楓子が浩司に相談すると——二つ返事だった。当然だろう。娘の可愛さを公式に認められて断る父親が、この世にいるはずがない。


 その夜、口の周りをケチャップだらけにしてハンバーグを食べる桜子を眺めながら、浩司は満足そうな顔をしていた。桜子が舌足らずな声で訊く。


「パパ、どうちたの?」


「幼稚園の先生がね、桜子の写真を撮らせてほしいんだって」


「どうちて?」


「桜子がとっても可愛いからだよ」


「ふーん」


 桜子はそれだけ言って、またハンバーグに戻った。

 隣で楓子が「はいはい……」と呟く。


 その生暖かい視線を、浩司は全く気にしていなかった。



 ◇



 季節は再び春になり、桜子は五歳になって幼稚園の年中クラスに進級した。


 この頃、桜子はちょっとした話題の中心になっていた。


 その年に入園した新しい園児の親たちが、ざわついていたのだ。去年配られた入園案内パンフレット——その表紙を飾った女の子が、実際に園児として幼稚園に通っていたのだから。


 多くの保護者は、表紙の子を外国人モデルだと思い込んでいたらしい。それが同じ幼稚園の年中さんだと知って、驚きが広がっていた。


 そんな穏やかなざわめきの中——予期せぬ事件が、起こった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ