第11話 お盆の墓参り
八月。お盆の季節がやってきた。
小林家は帰省ラッシュで混み合う駅のホームに立っていた。目指すはN町——浩司の父方の本家がある、親戚一同の集まる場所だ。
昨年は桜子が生後三ヶ月だったので帰省を見送った。ただ、養子を迎えたこと、その子が白人であることは事前に伝えてある。正月には写真入りの年賀状も送った。
ちなみにその年賀状の写真選びで、浩司が「これも可愛い、あれも可愛い、全部可愛い」と言い出して十種類以上印刷しようとしたのを、楓子と絹江が二人がかりで止めるという一幕があった。それは、これからも小林家の年末の風物詩になりそうな予感がある。
今回の帰省は、桜子にとって初めての親戚お披露目だ。
◇
N町は鉄道で二時間、そこからバスで三十分の場所にある。
お盆の駅は人、人、人。どこを向いても人の波で、ベビーカーを出す隙間すらない。楓子がベビーカーを折りたたんで手に持ち、浩司が桜子を抱き上げた。
今日の桜子は気合が入っていた。
少し伸びた金色の髪をシングルテールにして、ピンクのリボンで飾っている。薄い水色のワンピースの両肩にもピンクのリボン。足元には小さい真っ赤な靴。
どこからどう見ても、お姫さまだった。
そのお姫さまが浩司の腕の中で目をきらきらさせながら、駅の喧騒をきょろきょろと見回している。人混みが珍しいのか、楽しいのか、怖いのか——たぶん全部だ。
列車はボックス席を四席予約していた。浩司の隣に絹江、向かいに楓子と桜子。桜子の席も一応は取ってあるが、ほぼ誰かの膝の上で過ごすだろうという読みで、空席に見えないよう荷物を置いた。
愚図った時のためにぬいぐるみもおもちゃも用意してきた。でも列車が動き出してしばらく経つと——桜子は楓子の膝の上でこてんと眠ってしまった。
列車の揺れが気持ちよかったらしい。
(あれだけ準備したのに……)
楓子は苦笑いしながら、眠った娘の髪をそっと撫でた。
穏やかな時間が流れていると——通路から声がかかった。
「いやぁ、本当に可愛らしいお子さんですねぇ。まるでお人形さんみたいだ。ハーフですか? どちらのお国の方?」
七十歳ほどの男性が、興味津々の顔で覗き込んでいる。
楓子は内心、ため息をついた。
これまで何度も受けてきた質問だ。嘘をつく気はないが、かといってわざわざ養子の話をする必要もない。いつもなら言葉を濁せば相手が察してくれるのだが——
「ご主人は一緒ではないんですか?」
察してくれなかった。
困惑した楓子が向かいの浩司に視線を向けると、浩司が静かに口を開いた。
「私が夫です。少し事情がありまして。申し訳ありませんが、詳細については控えさせていただけますか」
穏やかな口調だったが、目は笑っていなかった。
それでも老人は怯まなかった。高齢者特有の鈍感力というやつだろうか。
「でも、お子さんはハーフですよね? あなた方は日本人にしか見えないのですが……」
「事情があると申し上げています。ですから、これ以上はご遠慮願えますか」
今度は少しだけ、声に力が入った。
「……あ、すみません」
老人はバツの悪そうな顔でそそくさと立ち去った。
車内がまた静かになる。楓子が小さく息をついた。
楓子と桜子が二人でいると、桜子はよくハーフだと思われる。一方で浩司がいると、同じ質問をされることはほとんどない。日本人夫婦が白人の子供を連れていれば、たいていの人は「何か事情があるのだろう」と察してくれるからだ。
ただ——今日のような例外もある。
今はまだ桜子はわかっていない。でも、いつかこういう場面を目にする日が来る。その時、この子はどう感じるだろう。
浩司と楓子は眠り続ける桜子の寝顔をそっと見つめた。
純粋無垢なその顔を見ていると、どんな心配事もゆっくりと溶けていく気がした。
結局桜子は、目的地に着くまで一度も起きなかった。
あれだけ用意したおもちゃたちは、出番がないまま荷物の中で眠っていた。
◇
N町での親戚へのお披露目は、思ったよりずっとスムーズだった。
事情は事前に伝えてあったし、年賀状で顔も知っていた。だから誰も過剰に気を遣うことなく、ごく自然に桜子を迎えてくれた。
中でも高校生の姪は、桜子を見た瞬間に「きゃー、かわいー!」と叫んで飛びついた。そのまま独り占めしようとするので、他の親戚たちと桜子の争奪戦が始まった。
(これはこれで大変だな……)
少し離れたところから眺める浩司と楓子の苦笑いをよそに、肝心の桜子はというと——まったく人見知りをしなかった。
初対面の親戚にもすぐに懐いて、子供たちと一緒に走り回っている。さっきまで見知らぬ大人に抱っこされてにこにこしていたかと思えば、今度は庭を全力で駆けている。
楓子が浩司に耳打ちした。
「ねえ、あの子……知らない人にもついていきそうじゃない?」
「……だな。俺も今それを考えてた」
人懐っこいのは可愛い。でも、親としてはひやりとする。桜子の無邪気さを大切にしながら、どうやって安全を教えていくか——これからの課題が、また一つ増えた。
それでも夕暮れの庭で、親戚の輪の中を笑顔で走り回る桜子の姿は、何よりも眩しかった。




