第11話 お盆と墓参り
八月。お盆の季節が訪れた。
小林家は帰省ラッシュで賑わう鉄道の駅にいた。目指すはN町。
浩司の父は小林家の次男なので、長男である伯父がN町の本家と墓を引き継いでいる。多くの親戚もその近くに住んでおり、一家にとってN町は親族との絆を深める場所となっていた。
昨年は桜子が生後3ヶ月だったので帰省を見送ったが、養子を迎え、その子が白人であることは伝えていた。
正月に桜子の写真入り年賀状を送ったため、親戚は彼女の顔を知っている。写真選びでは浩司が「これも可愛い、あれも可愛い」と迷い始め、最終的に十種類以上の年賀状を印刷しようとしたところを楓子と絹江に止められたのは、楽しい思い出だ。
この帰省は小林家にとって重要な意味を持つ。桜子の初親戚訪問であり、家族として新たな一歩を踏み出す大切な機会だった。
N町は鉄道で2時間揺られた後にバスへ乗り換えて30分の所にある。鉄道では指定席を予約していたので座席の心配はなかったが、浩司と楓子は活発な桜子が2時間もじっとしていられるかを心配していた。
駅に到着した彼らは、帰省ラッシュの混雑に驚く。駅は人で溢れ返り、どこを見ても人、人、人。ベビーカーは邪魔にならないように折りたたんで楓子が手に持ち、浩司は興味津々の桜子を抱き上げて彼女が周囲を見回すのを手伝う。
今日の桜子は、少し伸びた髪をシングルテールにしてピンクのリボンで飾っていた。薄い水色のワンピースの両肩にもピンクのリボンがあしらわれ、小さくて可愛らしい真っ赤な靴を履く。その姿はまるでお姫さまのようだった。
列車ではボックス席を利用した。四席が予約され、浩司の隣には絹江が、対面には楓子と桜子が座る。桜子のためにも指定席を購入していたが、ほとんどを楓子や浩司の膝の上で過ごすため、空席と思われないように余った席には荷物を置いた。
桜子が愚図るのを予測してぬいぐるみやおもちゃを用意していたが、列車が発車してしばらく経つと、桜子は楓子の膝の上で眠ってしまった。列車のゆったりとした揺れが心地良かったのだろう。
眠る桜子の髪を楓子が優しく撫でていると、突然通路から声がかけられる。見るとそこには70歳ほどの年配の男が立っていた。
「いやぁ、本当に可愛らしいお子さんですねぇ。まるでお人形さんみたいだ。ハーフですか? どちらのお国の方?」
男が興味深そうに質問してくる。この直接的かつ不躾な問いに楓子はどう答えるべきか悩んだ。
「ええ、まあ……そうですね……」
楓子が言葉を濁す。これまで幾度となくされてきた質問ではあるが、毎回答えるのが難しかった。
嘘を吐くのも心苦しいし、かといって、わざわざ養子であることを説明する必要もない。普通であれば言葉を濁せば事情を察してくれるものだが、この老人はそうではなかった。彼は空気を読まずにさらに質問を投げてくる。
「ご主人は一緒ではないんですか?」
困惑した楓子が対面に座る浩司へ視線を向ける。すると浩司が老人へ穏やかに答えた。
「私が夫です。少し事情がありましてね。申し訳ありませんが、詳細については控えさせていただきたいのですが」
意味深な強い視線。しかし老人は怯むことなく、高齢者特有の鈍感力を発揮して話を続けた。
「でも、お子さんはハーフですよね? 私にはあなた方が日本人にしか見えないのですが……」
「そうですが、私たちには事情があると言っています。ですから、これ以上はご遠慮願えませんか?」
「……あ、すみません」
老人は当惑しながらも謝罪して、そそくさと立ち去った。理由はどうあれ、浩司の強い口調と表情に気まずさを感じたらしい。
このような質問は一家にとって日常的である。その都度、適切な対応を考えるのは難しいものだが、家族の絆とプライバシーを守るため、浩司はその場を冷静に収めたのだった。
楓子と桜子が二人でいるとき、桜子はしばしば外国人のハーフと思われて先ほどのような質問を受けることが多い。一方で浩司といるときは、同様の質問を受けることはほとんどなかった。
日本人の夫婦が白人の子供を連れていれば、多くの人々は事情があると察して控えめな態度をとる。しかしながら、時には無神経な質問をされるのもまた事実。桜子が幼い今はまだ問題ないが、その意味を理解する年齢になったときに彼女を傷つけるかもしれない。
そのような心配事を抱えつつも、浩司と楓子はすやすや眠る桜子の寝顔を優しく見つめた。その純粋無垢な寝顔を見ていると、どんな暗い気持ちも消え去って心が穏やかになる。
電車に乗る前は様々な心配をしていたが、最終的に桜子は目を覚ますことなく目的地まで眠り続けた。
些細なことはあったものの、この平穏な旅は小林家にとって静かで心温まる時間となったのだった。
◆◆◆◆
桜子の親戚へのお披露目はスムーズに終わり、すでに家族の事情を知っていた親戚たちも過剰に気を遣うことはなかった。
親戚の間でも桜子は人気者だった。特に高校生の姪などは、桜子を見た瞬間に「きゃー、かわいー!」と叫んで独り占めしようとする。
桜子が人見知りをするかどうかを両親は心配していたが、結局は杞憂に終わった。初対面の者ともすぐに打ち解けて、親戚の子供たちと一緒に走り回っていたのだ。
そんな娘を眺めていると、浩司と楓子は心配になる。彼女が道端で知らない人に付いて行く姿を想像して不安を覚えたのだ。
桜子の人懐っこさは魅力的だが、同時に注意も必要だと感じる。親としては娘の無邪気さを大切にしつつも、安全を守るための対策を考えることが重要だと思い知らされたのだった。