表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

薬師の君が抱く白梅の少女の秘密②

「やはり果竪は頼りになりますね。それに比べて、男どものアホすぎる体たらくっぷりはなんと嘆かわしい」

「誰が嘆かわしいだ」


 明睡が不機嫌そうに口を開くが、相手はツンと顔を逸らした。


 彼女の名前は、守艶。

 頭の横で纏めたツインテールの長い髪がトレードマークの美少女だった。綺麗過ぎる顔は絶世級に相応しく、何処か女性教師を思わせる雰囲気を漂わせていた。眼鏡は装着済みだが、ピンヒールと鞭がとても良くお似合いの美少女である。これで十四歳だから驚きだった。もちろん、その体付きは蠱惑的で悩ましいボンキュッボンである。


 彼女はそのツンとした雰囲気から、百合亜よりはマシだが、それでも周囲からは付き合い難いタイプと思われがちだった。


「それで、果竪を悩ませた貴方達は何をされているのですか?」


 守艶は呆れながら、忠望と取っ組み合い中の明睡に問いかけた。


「こいつが涼雪に触ると言うからだっ」

「ただ検査するだけだ。それに、大方は修羅が行う」

「あいつは『男』だろ!」

「身体はほぼ『女寄り』だ、服さえ脱がなければ見た目は完全に女だろ」


 『男の象徴』が下半身にぶら下がっているが、そんなものは脱がなきゃ分からない。あと、女性を『孕ます』能力もしっかり持っているが、実際に行動して結果を出さなきゃ分からないだろう。その能力は百合亜に関してしか発揮さないだろうが。


「俺は反対だ。他に居ないのか」

「何が嫌なんだ。修羅は軍の中で最高の知識と技術を持った医師だぞ」


 そちらに才能があったのか、修羅はまるでスポンジが水を吸うが如く医療知識と技術を吸収してしまった。しかも、知識はあるけど出来ないタイプではなく、むしろ初めてとは思えない優秀過ぎる医師だった。治療結果は全て、最良の物を叩き出している。


 他にも、医師の才能を持った者達は居るが、修羅は正に天才である。きっと、医師になるべくして産まれてきた存在というのは、彼の様な者を言うのだろう。


「優秀な医師と言うのは、患者を診ずとも診断出来る奴を言うんだ」

「全ての医療関係者から殴られてしまえ」


 忠望の言う事の方が最も過ぎて、守艶は思わず頭を抱えた。というか、どうしてこう涼雪が関わると明睡はお馬鹿になってしまうのか。これでも軍のナンバー2だと言うのに。


「もう少し大神になって下さい」


 眼鏡をくいっと上げ、守艶はこの困った大神--成神前だけど--を窘めた。


「俺は大神だ」

「どこが」


 涼雪への服を届ける途中だった果竪が少し離れた所で立ち止まって突っ込みを入れた。そしてそのまま、彼女は涼雪の所へと向かった。


「……」

「果竪の成長を祝ってやれ」


 そこは何でだよ!という突っ込みの筈だが。


「嫌だよ!」


 両手で顔を覆っていた明睡は、その手を外して叫んだ。涙目なので全然恐くない。


「なんで十一歳で大神になるんだよ」


 それは、周囲の年上が不甲斐ないからで--とは、彼女は言わなかった。


「それは君が不甲斐ないからだよ~」


 代わりに言ったのは、大荷物を抱えてやってきた大柄な青年だった。

 名を羅刹。

 祖先は闘神と呼ばれた存在で、彼はその申し子の様な存在。いわば、戦う為に産まれた--戦いに特化した神だ。ただ、実際には彼は軍に拾われるまでは、戦いの神ではなく権力者達の玩具にされてきた。

 その美貌から、彼は物心つく前から玩具だった。女として産まれてきたならば、彼はとっくの昔に何神もの子を産んでいただろう。


 そう--他の美しいとされる古参メンバー達やそれに準ずる者達と同じ、悲惨すぎる過去を持つ。


 ただ、あどけなく笑う顔はそれを全く感じさせなかった。


 けれど、その悲惨すぎる過去は、彼から多くの物を奪い去った。

 中でも彼は、本来成長の上で身につくものを失った。

 そう--本来ならば成長と共に制御されていく筈の、子ども特有の残酷さがむき出しになったまま成長したのだ。


 ある日、彼は自分の神力を封印している制御装置が外れた。それは、彼の中に宿る神力が制御装置の許容量を突破したのだ。


 そうして首輪が外された化け物は、あっという間に彼に絡みつきその自由を奪っていた全てを破壊し尽くした。


 その最中、その場をたまたま訪れた萩波によって彼は捕獲された。


『殺して何が悪いのさ』


 彼を囲っていた者達は、自分達が気に入らないというだけで多くの命を奪っていった。


『どうして傷つけたら駄目なの? どうして僕だけが我慢しなきゃならないの?』


 そう言った彼は、本当に分からなかった。みんなやっていた事なのに、どうして自分はしてはならないのだろう。


『そんなもの、自分で考えなさい』


 萩波はバッサリと切り捨てた。


『色々と経験して、何故悪いのか? 何故いけないのか? 考えてみなさい。その上でやっぱり殺し合いたいなら私が相手になりますよ』


 萩波は彼に考える事を命じた。

 羅刹はそれを受け入れた。だって、萩波は羅刹が全く敵わなかったぐらい強かったのだ。羅刹は負けたのだ。羅刹の命は萩波が自由に出来るのだ。

 その萩波が言うのだから、羅刹はその通りにしてみようと思った。


 ただ、拾われて数年。


 羅刹は軍の中で生活する中で、少しだけ『むやみに力を振るうのは悪い事かもしれない』と思った。そして、『自分より弱い軍の子は傷つけないようにしよう』と決めた。


 自分と同じぐらい強い奴には、力試しと称して戦う事も多い。


 ただ


 『死なせたら面白くない』


 と、殺す事だけはしないように羅刹は注意していた。


 それだけでも、彼は大きく変わったと言える。


 しかし、口の悪さ--というか、その言っていい事と悪い事の区別がついていない口だけは、相変わらずだった。


「誰が、不甲斐ないだと?」

「もちろん、明睡君に決まってるじゃないかぁ」


 あははははは、と笑う羅刹は明睡より少し年上の十八歳だ。


「果竪に迷惑ばかりかけてさぁ」

「貴様……」

「ん? 怒った? 図星だから?」


 明睡が剣呑な空気を纏う。それを楽しそうに見つめる羅刹。止めたのは、守艶だった。


「やめなさい、貴方達が暴れたら拠点が吹っ飛びます」

「じゃあ外でやろうか」

「望む所だ」


 そういう問題じゃない。


 そこに、涼雪に衣服を届けに行って帰ってきた果竪が通りかかった。


「まだ喧嘩してるの?」

「喧嘩じゃないよ」


 羅刹はトコトコと駆け寄ってきた果竪の両脇に手を滑り込ませると、ひょいっとその身体を抱き上げた。


「あぁぁぁああっ! 貴様、何をするんだっ」

「何って、果竪を抱っこしてるんだよ」

「羅刹、重たいよ」

「重くないよ、果竪は軽いよ」


 羅刹は果竪の頬に自分の頬をくっつけ、すりすりと頬ずりした。


「○×△★■●※~~」


 もはや言葉にならない明睡の叫び。甲高い奇声に、隣に居た守艶と忠望が耳を塞いだ。


「果竪は可愛いね~」


 ブチンと何かが切れる音が響いた。




「反省してる?」


 正座させられた明睡と羅刹は、自分達の前で仁王立ちする小梅に肩をすくめた。小梅はまるで仁王像の様な形相となっていた。後ろで炎が燃えていた。


 気持ちは分かる。


 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた小梅を二神は気付かずに一撃食らわしてしまったのだ。既に怪我は治療したが、治療した修羅が激怒するぐらいには小梅は重症だった。側に居る朱詩は笑顔だが、完全に温度が氷点下になっている。


 気持ちは分かる。


 涼雪に同じ事をされたら明睡だって同じようになる。


「小梅、怪我は治したが少し休んだ方がいい」

「その前に、この二神に色々言わなきゃならない事があるの」

「何?」


 羅刹は相変わらずあどけない笑みを浮かべて首を傾げた。


「どうして毎度毎度喧嘩するのよ!!」

「「気が合わないから」」


 それ以外に理由は無い。


「同じ軍の仲間なんだから仲良くしなさいよ! 大神でしょ!!」

「……」

「ごめんねぇ」


 羅刹は素直に謝った。明睡も、小さな声で「すまん」と呟く。


「貸し一」

「分かった」

「いいよ~」


 それで小梅は彼等を解放した。


「小梅ちゃん、大丈夫?」

「この程度の怪我でどうにかなる私じゃないもの」

「いや、額割れたでしょうが」


 小梅の治療をした修羅は、豪快に笑う彼女に突っ込みを居れた。果竪は心配そうに小梅を見ている。


「明睡、少しは落ち着いてよね! いくら、涼雪が大神になったからって、そんな落ち着きのない男だと嫌われるよ!」

「う、五月蠅いなっ」

「もっと余裕のある所を見せなよ! ガッツいてばかりだとウザがられるんだからっ」


 修羅の指摘に、明睡はたじろぐ。確かに余裕のある男っぷりは微塵もなかった。しかし、彼はまだ成神前の十六歳。いくら、大神顔負けの戦闘力を持ち合わせていようと、中身が達観しすぎて老成していようとも、子供である。


「いえ、むしろおっとりのんびり屋な涼雪が相手なのですから、バランスが取れて良いかもしれません」


 守艶の言葉に、「そうか!!」と、果竪以外の全員が天啓を得たかの様な反応を見せた。


「良い度胸だ、お前ら」


 明睡は、とりあえずここに居る男どもは全員潰そうと思った。


「あと、喧嘩っぱやい男はモテません」


 守艶はビシっと言い切った。


「もう少し落ち着きを見せて下さい。そう、果竪がマッスル林檎を製作しても『やれやれ、困った子だな』と余裕ある態度で」

「その間に軍が壊滅するわ。お前、マッスル林檎の戦闘能力をナメるなよ。あれで山賊団を潰したんだからな」


 数日前、果竪が製作したマッスル林檎は見事にとある山賊団を潰した。見事な戦いっぷりだった。しかも、そこに美脚林檎まで加わったから、その戦闘能力は二倍になった。


 捕縛された山賊団は、身体よりも心に多大なる傷を負ったらしいが、そこは気にしないでおく。


「しかもなんであんなに攻撃的なんだ!」

「攻撃的じゃないよ。ただ、攻撃したら反撃する様にしているだけで」


 果竪の言葉に、全員の視線が彼女に集中した。


 プログラミングまで獲得したか、この娘--。


「頑張ったのに」

「お前は頑張り所を間違えてんだよ」

「今度は梨で作れば良いんじゃない?」

「やめろ!」


 小梅の提案を明睡は必死に止めた。しかし後に、果竪は新たな梨マッスルを作成する事となる。


「明睡は怒ってばっかりね--」


 はんっと腰に両手をあてて胸を張った小梅は、そこで微かに苦悶の表情を浮かべた。苦悶--いや、苦痛表情である事に気付いた明睡が口を開く。


「おい、痛みが」

「ちょっとだから大丈夫よ」

「そのちょっとが駄目なんだよ! ほら、少し休まないと」


 修羅がクワッと目を見開き、無理をしようとする小梅を連れて行こうとする。


「忠望、痛み止めあるよね。それ出して」

「分かった」


 忠望は頷いた。


「今在庫が切れているが、この未完成品ならある。大丈夫だ、未完成品ではあるが、この時点で効果は高」

「お前は小梅を実験台にするつもりか?」

「俺で実験済みだ」

「そういう問題じゃない」


 修羅が怒るよりも先に、朱詩が目にも留らぬ速さで忠望の首に縄を巻き付けると、後は引くだけという状況で微笑んだ。そのまま引けば、確実に忠望は天に召されるだろう。


「普通の安全な物を作れ」

「俺は安全な物しか作らない」

「嘘言うなよ!」


 よく爆発を起こしているのを朱詩は知っている。朱詩じゃなくても知っている。


「忠望君は冗談が上手だね」

「冗談じゃない」

「冗談より尚悪いよ! 小梅に変な物を使わないでよね!」


 朱詩の言葉に、小梅は目を瞬かせた。


「朱詩、あんた」

「タダでさえ通常運転が『変な』小梅がもっとおかしくなるでしょ! そうなったらもう、普通の神の世で生きてけなくなるんだからね!」

「私は珍獣かっ!」

「それは珍獣に失礼だよ!」


 小梅は目にも留らぬ速さで朱詩の首に腕を回すと、そのまま難しいとされるプロレス技をかけた。その見事な動きは美しささえ感じられた。


 ただ、痛みを覚えている少女が普通する様な技ではないし、確実に小梅の方にダメージが行く技でもあった。


「イダダダダっ! 何すんだよ小梅っ」

「それはこっちの台詞だ! 毎回毎回失礼な事ばかり言って! どうして他の子に対する優しさの一つも見せないのよ! お世辞の一つぐらい言ってくれても良いでしょう?!」

「僕は嘘がつけない男だから無理だよ! あと、見え見えのお世辞なんて言われたいの?!」

「あんたは、そんなにあたしを怒らせたいかぁぁぁあっ!」


 結局、朱詩の喧嘩が勃発した結果、小梅は余計に傷みを酷くしてその後、修羅によって強制的に休憩所も兼ねたテントに収容される事となった。


「何かあったんですか?」


 とりあえず、必要な物は全て揃えて貰った涼雪がようやく外の騒ぎに気付き出てきた時には、痛みでグッタリとしている小梅が修羅に抱えられていく所だった。


 涼雪の側にずっと居た百合亜と明燐は、揃って朱詩を見つめた。


「また小梅を怒らせたのですか」

「本当に朱詩はお子様ですわね」


 そんな二神の前で


「小梅の馬鹿! 絶対に先祖は怪獣だね! あのお転婆っ」


 と朱詩は言い放ち、その後彼は百合亜と明燐の二神にお説教される事となった。そんな感じで、その日一日は涼雪達が薬で変化した事以外は、いつも通りの一日となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ