↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口の悪いソロ攻略者に今日もわたしのダンジョンを酷評されています〜「規格外」の元攻略者はこっそりダンジョンマスターになる〜  作者: くれは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

2 ファンブルが出るので攻略者はできなくなりました

 三か月前、夏の終わり。

 わたしは、誰も通らない古い街道を歩いていた。

 石畳の継ぎ目から、草が膝の高さまで伸びている。轍の跡はとっくに消えて、道というより、細長い草原のようだった。グルドベリを出てから、人には一人も会っていない。

 それでいい。大きな街道には、攻略者も乗合馬車も行き交っている。「規格外」の話を知っている人に、もう会いたくなかった。

 故郷のオーケルビーは、グルドベリから見て反対の方角にある。だから、こっちへ来た。行き先は決めていない。とりあえず歩く。着くまでに考える。

 背中で、杖が小さく鳴った。


   ***


 ダンジョンのない村で、わたしは攻略者に憧れて育った。

 子どもの頃、寝る前に、おばあちゃんがおとぎ話を聞かせてくれた。

 一番好きだったのは、「ヨルンと霜の竜」。たった一人でダンジョンの奥へ潜って、霜の竜を倒した魔術師の話だ。凍った息を吐く竜に、ヨルンは最後の一撃の炎を叩き込む。何度聞いても、そこで胸が高鳴った。

 おばあちゃんも、若い頃は村の外へ出てみたかったのだという。おとぎ話の終わりに、いつも少しだけ、遠くを見る目をしていた。

 十六になって、村を出ると言ったとき、父も母も反対した。村に残って、鍛冶屋の息子と結婚する。そう決まっていたから。

 おばあちゃんだけが、こっそりお金を持たせてくれた。肩掛けと一緒に。そして「行っておいで」と手を握ってくれた。


 初めて見るダンジョン街は、どこもかしこも人で溢れていた。広場の大きな映写板の前で、知らない誰かの攻略に、みんなが声を上げていた。いつか、わたしもあそこに映るのだと思った。

 グルドベリのギルドで、攻略者の登録をした。マナの量は「規格外」だと言われた。魔術師になって、おばあちゃんのお金で杖を買った。真っ先に覚えた魔法は、ヨルンと同じ火炎(ファイア)だった。

 けれど、わたしの魔法は、ファンブルが異常なほど多かった。クリティカルも多いのに、どちらが出るかは、撃ってみるまで分からない。入れてもらったパーティは、どこも長続きしなかった。「規格外」は、いつのまにか、笑い混じりの呼び名になっていた。

 そんなわたしを見かねて、声をかけてくれた人がいた。Cランクの魔術師で、パーティのリーダー。Fランクのわたしには、力の見合わない誘いだった。

「大丈夫だよ。うちに来ない?」

 そう言って、笑ってくれた。


 その日も、配信をしていた。わたしのランクより、ずっと上のマップだった。

 道中から、何度も火炎(ファイア)がファンブルした。炎は狙った相手を逸れて、前にいる仲間の肩を焼いた。手元で弾けて、わたしの指を焦がしたこともあった。撃つたびに、前の誰かが身を固くした。ボス戦に入っても、同じだった。

 そして、終わり際。盾役の背中が少し前にあった。ボスの爪を受けるたび、盾の縁が鳴っていた。

「あと少しだよ!」

 リーダーの声。

 杖を握る手が、汗で滑った。

 今度こそ。ヨルンみたいに、最後の一撃を。

「火炎(ファイア)」

 杖の先端で炎が渦巻く。その炎が、ボスではなく、盾役の背中へ飛んだ。

 ファンブルだった。

 盾役が、振り返った。驚いた顔をしていた。そのまま、光に包まれて消えた。戦闘不能になって、入り口に戻されたのだ。

 盾を失って、リーダーは撤退を選んだ。

 外に出ると、盾役は先に戻っていて、わたしに向かって笑って言った。

「入り口に戻されただけだから、大丈夫」

 誰も、わたしを責めなかった。

 それが、苦しかった。

 その配信は、グルドベリの広場の大きな映写板で、大勢が見ていたらしい。「この前の配信、見た?」という話が、攻略者のあいだを渡っていった。会ったこともない人が、わたしを「グルドベリの『規格外』」と呼ぶようになった。

 何日かして、わたしは自分から、パーティを抜けると言った。

 リーダーは、困った顔をした。少し黙ってから、「分かった」とだけ言った。


 お金は、すぐに尽きた。

 攻略者向けに揃えた服は、古着屋に売った。今着ているのは、故郷から着てきたスカートだ。手元に残ったのは、故郷から持ってきた布袋と、肩掛けと、杖。それから、首に下げたFランクの攻略者タグだけ。

 朝から口にしたのは、最後の銅貨で買った固いパンだけだ。

 他の街へ行っても、攻略者としてやっていける気がしない。かといって、故郷に帰る決心もつかない。

 だから、歩いている。


   ***


 日が傾いた頃、街道の先に、建物が見えてきた。

 村、だと思った。近づくにつれて、その様子が分かった。

 広い石畳の通りが、まっすぐに谷の奥へ延びている。両側に、大きな建物が並んでいる。宿屋らしい看板、酒場らしい戸口。どれも窓が割れて、扉が傾いている。

 昔は、街だったのだろう。石畳は広く、馬車が何台もすれ違えそうなのに、通りには誰もいない。風が吹くたび、どこかの戸板がかたんと鳴る。

 通りのずっと奥に、明かりが数軒だけ、ぽつりぽつりと灯っていた。

(……あそこまで、歩けるかな)

 繕った靴の中で、足の裏がじんじんと痛んでいた。

 街道が通りに入るところに、古い家が一軒あった。脇に、屋根の落ちかけた馬屋と、荷を置くための広い土間がついている。人の気配はない。

 軒先の石の段に、腰を下ろした。肩掛けを体に巻きつけて、杖を抱える。夏の終わりでも、夜の風は冷たい。

 明日のことは、明日考えよう。

 目を閉じると、すぐに眠りが来た。


   ***


 目が覚めると、石の天井が見えた。

 軒先ではない。窓のない、石造りの小さな部屋だ。壁の一面に、大きな石の板が嵌め込まれている。磨いたように平らで、ぼんやりと黒い。その壁の前に、机と椅子が置かれていた。

 わたしは、床に寝かされていた。

 杖は、腕の中にある。布袋も肩に提げたままだ。肩掛けも。

 身を起こすと、石の床に一冊の本が開いて置かれていた。厚い表紙の、立派な装丁の本だった。

 白い頁に、濃藍色の字が、ひとりでに綴られていく。


 ――最初に、このような強引な手段をとったことを謝罪します。


 思わず、本から身を引いた。字は、構わずに続く。


 ――わたしはグリモワール。ダンジョンマスターがその業務を滞りなく行うために用意された、情報端末です。

 ――ここは、ダンジョンの最奥です。このダンジョンは、十五年前から止まっています。


「最奥って……ヨルンが霜の竜と戦ったみたいな、ダンジョンの一番奥、ですか」

 Fランクのわたしは、一度もそんなところまで行けなかった。


 ――いいえ。攻略者の方は、ここへは入れません。ここは、ダンジョンを作る者のための部屋です。


「作る、者……あの、どうして、わたしが、そんなところに。さっきまで、知らない家の軒先で寝ていたはずで」

 頁の字が、少しだけ間を置いた。


 ――はい。ですので、呼びました。


「呼んだ……」

 軒先から、ダンジョンの奥まで。眠っているあいだに。それを「強引な手段」の一言で済ませてしまう本らしい。ただ、わたしの声は、ちゃんと届いているようだった。


 ――わたしは、ずっと待っていました。このダンジョンを動かせるだけの、マナの持ち主を。

 ――あなたのマナは、規格外です。


 息が止まった。

 その言葉なら、知っている。グルドベリで、何度も聞いた。笑い声と一緒に。

 けれど、頁の字は、笑っていなかった。


 ――これほどのマナは、見たことがありません。ダンジョンマスターとして、最高の素質です。この頁のすべてを使って称えても、まだ足りないほどです。


 何を言われているのか、受け取れなかった。だから、返事もできなかった。

 頁の字は、構わずに増えていく。


 ――ところで、ヨルン、というのは?


「……おとぎ話の、魔術師です。一人で霜の竜を倒した」


 ――なるほど、おとぎ話ですか。

 ――お好きなんですか、おとぎ話が。


「……はい」

 頷いてから、何を話しているんだろう、と思った。しかも、相手は本だ。


 ――では、ここでおとぎ話のようなダンジョンを、作りませんか。


「作る……わたしが?」

 霜の竜。凍った谷。一人きりの魔術師。その光景が頭に浮かんだ。


 ――はい。あなたが。


「ヨルンが霜の竜を倒したみたいな?」


 ――そうです、マスター。


 まだ何も決めていないのに、頁はもう、わたしを「マスター」と呼んでいた。

 わたしは、本の前に座り直していた。杖を握りしめて、頁を見つめる。

 頁の字が、ひときわ大きく綴られた。


 ――このダンジョンには、あなたが必要です。


 必要。

 わたしが。

 ファンブルばかりで、パーティを抜けて、行くところもなくて、知らない家の軒先で眠っていた、このわたしが。

 その一行を、わたしは何度も読み返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。