第3章2:お騒がせ斥候部隊、急襲!【0.2秒の間】
「ロッソ、ティラノを出しなさい!」
ラーナの鋭い叱咤がドックに響く。
「任せて! いこう、ティラノ!!」
ロッソがドックの奥へ口笛を吹くと、昨日、駆のメンテナンスによって完璧な状態になったティラノサウルス解体機が、大地を激しく揺るがして飛び出してきた。
「ギャオォォォォーーンッ!!」
圧倒的な巨体と、チタン合金の牙。
だが、敵のバルト隊長はその威圧感に怯むどころか、泥だらけの顔で不敵にニヤリと笑った。
「ハッ、陸の王者ティラノサウルスか! だがな、重機ってのはパワーだけじゃねえんだよ! 野郎ども、フォーメーション・アクセル! 巨体の死角をハイスピードで削り取れぇぇい!」
バルトが手元のコントローラーのレバーを深く押し込むと、5体のデイノニクスの頭部の機械が甲高い起動音を鳴らした。
キキィィィィッ!!!
凄まじい砂煙を巻き上げ、5騎のデイノニクス生体バイク部隊が信じられない加速で散開した。
時速80キロ。現代のオフロードバイクさながらの猛烈なスピードで、彼らはティラノサウルスの周囲を激しく円を描くように旋回し始めた。
「な、何よあのスピード……! 残像で見えなくなるのもふ!」
駆の頭の上でパタが目を回す。
「ガガガガガッ!」と鋭い鉤爪で地面を蹴りながら、デイノニクスたちはティラノの巨体の真横を、数センチの距離で次々と交差するように駆け抜けていく。
右から左へ、後ろから前へ。
ティラノが巨大な顎を振るっても、俊敏なステップでその攻撃軌道を完全にすり抜けてしまう。
「くっ、速すぎる! 巨体のティラノじゃ、真後ろや真下の死角に入り込まれたら狙いが定められない!」
ロッソが操縦桿を必死に動かすが、デイノニクス部隊の緻密な連携(錯綜旋回)の前に、完全に翻弄されていた。
バルト隊長がその旋回の中心で、マントをなびかせて再び高笑いする。
「サーカスのようで美しいだろぅ! さあ、トドメだ! 動きの止まった巨体を四方から――」
「バルト隊長、そこだ!」
コックピットの外から、駆の鋭い声が響いた。
駆の天才スイッチは、その超高速の旋回運動のなかに、決定的な『破綻』を完璧に捉えていた。
「あんたのデイノニクス、右旋回から左旋回に切り替える『0.2秒』の間、右脚のサーボのオーバーヒートを庇って、全体の軸(骨盤)がわずかにブレている! ロッソくん、敵が次にティラノの右側をすり抜ける瞬間――大地の振動に合わせて、ティラノの右足を一歩、強く踏み鳴らすんだ!」
「分かった! 合わせろよ、ティラノ!!」
ロッソが駆の言葉を信じ、タイミングを計る。
バルト隊長のデイノニクスが、ティラノの右側からその喉元を狙って真横を駆け抜けようとした、まさにその刹那。
ドスゥゥゥゥン!!!
ティラノサウルスが、駆の指示通りに右足を大地へと激しく踏み鳴らした。
大震動が地面を伝わり、右脚のサーボにブレを抱えていたバルトのデイノニクスのステップが、ほんの数センチだけ横滑りして狂った。
「あ、あれっ!? 右に曲がれな……うおわああああっ!?」
急激なバランス崩壊。
デイノニクスが本能的な恐怖でたまらず急ブレーキをかける。
キキィィィィッ!!!
あまりにも急激な停止の反動で、バルト隊長はデイノニクスの背中から前方に綺麗な放物線を描いて吹っ飛んだ。
そして、駆の目の前の泥んこへ、見事なまでに頭からズボッと突き刺さった。
完全に統率を失った残りの4騎も、総大将の無様な姿に釣られるように、本能的な野生の恐怖に飲み込まれて急停止する。
「ギャオォォォォォォーーンッッッッ!!!!!!」
そこへ、ティラノサウルスの王者の咆哮が容赦なく浴びせられた。
リミッターの制御を完全に上回る野生の威圧感に、デイノニクスたちは完全に戦意を喪失し、クンクンと情けない悲鳴を上げた。
「た、隊長ーーーっ!?」
残りの隊員たちが慌てて泥からバルトを引き抜く。
顔中泥だらけになったバルト隊長は、ペッと泥を吐き出すと、ティラノ重機を見上げてワナワナと震えた。
「お、覚えていろよ! 今日は愛車のメンテナンス不良のせいで見逃してやるが、次はこうはいかんからな! 撤退だ、撤退ーーー!」
デイノニクス部隊は、捨て台詞を残して文字通りバイクのようなスピードでドタバタと去っていった。
あまりに情けない引き揚げ方に、ドックの前にようやく静寂が訪れる。
「……何だったの、あいつら」
ラーナが呆れ果ててスパナを肩に担ぎ直す。
しかし、駆の表情は笑っていなかった。駆の横で、パタも真剣な顔で小さく手足を組み、低い声を出した。
「……笑い事じゃないよ、ラーナ。あいつのデイノニクス、脳のあの機械のせいで、泣いていた」
「え……?」
「無理やり感情を殺されて、兵器にされているんだ。あのバルトって男、マヌケだけど、吹っ飛ぶ直前、デイノニクスがティラノに怯えたとき……真っ先に恐竜の頭を自分の身体で庇おうとしていた。本当は、恐竜が好きな奴だと思う」
バルト隊長の「恐竜への隠された愛」を見抜いた駆。
しかし、そんな奇妙な襲撃は、ほんの始まりに過ぎなかった。
遠くの南区画――
さっきまで平和だったあの土木建設現場の方角から、地響きと共に、リミッターによって心を狂わされ、大暴走を始めた仲間たちの悲痛な叫びが、重苦しく響いてきたのは、その直後のことだった。
(第3章・完 / 第4章へ続く)
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