第2章 2:咆哮するチタンの牙
「くっ、また人工筋肉が拒絶反応を起こしてる……! 出力を上げると暴走しちゃうのよ!」
ラーナが悔しそうに歯噛みし、ドックのコンソールを激しく叩く。
鉄柵の向こうで暴れていたのは、全長12メートルを超える巨体。
強靭な後ろ脚と、すべてを噛み砕く無慈悲な巨大な顎を持つ、陸上最強の捕食者――ティラノサウルスだった。
しかし、その姿は現代の化石とは根本的に異なっていた。
首まわりや背骨には、油圧シリンダーのような黒いバイオチューブが走り、両顎には建造物を粉砕するための超硬度チタン合金製の歯がカスタム装着されている。
胸部には重厚な装甲コックピットが鎮座する、完璧な「建造物解体・粉砕用重機」だ。
そのティラノ重機が、操縦士であるロッソの指示を一切受け付けず、リミッターを振り切って檻を壊さんばかりに頭突きを繰り返していた。
周囲のベテラン職人たちも「あの暴れ重機はもう殺処分だ」と匙を投げている。
その時、駆の目が、スッと細くなった。
普段のぼーっとした「冴えない男」の空気が一瞬で霧散し、鋭い天才の眼光に変わる。
「……違うな」
駆は呟くと、ラーナの手をすり抜けて、大暴れするティラノ重機の目の前まで歩き出していった。
「ちょっと! 危ないわよ、死にたいの!?」
ラーナの制止の声も届かない。
駆は激しく軋む鉄柵の目の前で、ティラノの激しい動きを凝視したまま、恐ろしいほどの早口で分析を始めた。
「右大腿骨の付け根、第4転子の位置が本来の骨格設計から3センチ外側にズレている。」
「そのせいで、歩行時に右側のバイオ筋肉だけに過剰な負荷がかかり、激しい神経痛を起こしているんだ。」
「ーー気性が荒いんじゃない。痛くて、イライラして暴れているだけだ」
「……え?」
ラーナの動きが止まった。
外側から見ただけで、肉の奥にある「骨格のズレ」を見抜いたというのか。
整備士の自分すら気づけなかった、生体重機の駆動エラーを、一瞬で――。
(この男……一体何者なの!?)
その圧倒的な『目』の質量に、ラーナは息を呑むことしかできなかった。
「君、操縦席に入ったら――」
駆はすでに振り返り、恐怖に震えるロッソの肩を強く掴んでいた。
「手綱の同調率を『左前方に30%』傾けて維持するんだ。右脚を庇うように、重心を左側に預けてあげるイメージで。それから、ラーナさん」
今度はラーナの目を真っ直ぐに見つめる。
「右大腿部のバイオチューブの圧力を、今すぐ20%下げてくれ。それで痛みが引く。」
「この子は、本当はもっと優しくて、力強い、最高の解体重機だ」
駆の言葉には、不思議な説得力があった。
ラーナとロッソは顔を合わせ、何かに弾かれたように走り出した。
「ロッソ、コックピットへ飛び乗りなさい! 私はバルブを調整する!」
「了解、ラーナ姉ちゃん!」
ロッソがティラノの胸部ハッチへ滑り込み、ラーナがスパナで右脚のバイオチューブを強引に緩める。
「ギャオッ……!?」
一瞬、ティラノがさらに大きく吼えた。
しかし、ロッソが操縦桿を左に傾け、駆の指示通りに重心をコントロールした瞬間――。
フシューーーッ……。
ティラノの背中の排気筒から高圧の生体蒸気が抜け、あれほど荒ぶっていた巨体が、嘘のように静まり返った。
ティラノはふぅ、と大きな鼻息を漏らすと、檻の隙間から駆の方へ顔を近づけ、まるで感謝を伝えるかのように、その巨大な鼻先を駆の胸元へ優しく擦り寄せた。
「嘘……シンクロ率が、完全に安定してる……」
ラーナは手にしたスパナを落としそうになりながら、目の前の光景を呆然と見つめていた。
ロッソがコックピットのハッチを開け、涙目のまま、駆の姿を見下ろした。
誰もが諦め、殺処分するしかなかった相棒を、この風変わりな男は、ただ見ただけで一瞬にして救ってみせたのだ。
少年の胸の奥から、熱い感情が爆発するように込み上げてくる。
「すげえ……すげえよ! あんた、恐竜の骨を見ただけで全部わかっちゃうのか!? 」
「……決めた、俺、あんたのこと『アニキ』って呼ぶよ! よろしくな、駆アニキ!!」
ロッソが満面の笑顔で、操縦席から身を乗り出して叫んだ。
駆はティラノの硬い皮膚を愛おしそうに撫でながら、普段のぼーっとした表情に戻り、照れくさそうに頭を掻いた。
「ピ、ピギィ……! 王者が一瞬で手懐けられたのもふ。このボサボサ頭、やっぱりタダモノじゃないのぱう……」
ロッソの頭の上で、パタが呆気にとられたように短い羽をパタパタとさせている。
ラーナは顔を真っ赤にしながら、駆に詰め寄った。
「あんた……本当に一体何者よ!? なんで骨を見ただけで、この子の痛みが分かったの!? 私の整備のプライドがガタガタよ!」
「いや、ただの考古学者です。……それよりラーナさん、このコックピットの伝達神経システム、現代の電子制御より遥かに合理的ですね。」
「すごい技術だ。僕にも、もっと詳しく教えてもらえませんか?」
天才整備士ラーナのプライドと好奇心に、特大の火がついた。世界を救う凸凹チームの絆が、この重機ドックで静かに、けれど確かに結ばれた瞬間だった。




