第2章 1:咆哮するチタンの牙
「おい駆、しっかり捕まってろよ! ここから先は少し揺れるからな!」
30メートル級の超大型生体クレーン――『ブラキオ・ネプチューン号』のコックピットの中で、少年操縦士のロッソが手綱を器用に引き絞りながら叫んだ。
「ああ、大丈夫だ。それよりロッソくん、このハッチの隙間から見える、人工筋肉の収縮サイクルをもう少し近くで見せてくれないか……!?」
コックピットの流線型のシートに座るどころか、計器の隙間に指を突っ込んで構造をスキャンしようとしている男がいた。
振動時 駆30歳。
無造作なボサボサ髪に、現代の泥まみれの作業着。
普段はぼーっとしていて頼りない空気を纏っているが、ひとたび未知の生体工学を前にすると、瞳が猛禽類のように鋭く輝く。
今まさに彼の「天才スイッチ」は最高出力で駆動していた。
「だ、ダメだよ! そこは高圧のバイオ蒸気が噴き出すバルブなんだから!」
ロッソが慌てて駆の襟首を引っ張る。
ブラキオ・クレーンが重々しい足音を立てて巨大な岩壁を回り込むと、駆の目の前に、想像を絶する光景が広がった。
広大な谷間に広がる、超古代の『重機ドック(鉄鉄の居留区総合整備場)』。
そこでは、何十頭もの巨大な恐竜たちが、背中や手足に鋼鉄のシリンダーや滑車を埋め込まれ、カンカンと小気味よい金属音を響かせる職人たちに囲まれて、大人しくメンテナンスを受けていた。
蒸気とオイル、そして生き物の野生の匂いが混ざり合った、人間と恐竜が完全に対等なパートナーとして生きる生体土木の世界。
「……信じられない。僕たちがただの『絶滅した骨』だと思っていたものは、これほど美しく機能するシステムだったのか」
駆が展望窓に顔をこすりつけるようにして呟く。
ブラキオ・クレーンがドックの中央に巨体を停止させると、胸部の生体ハッチがウィーンと音を立てて開放された。
ロッソに連れられて駆がドックの地面へと降り立った瞬間、甲高い怒鳴り声が駆の鼓膜を震わせた。
「ちょっと待ちなさいよロッソ! 何よその怪しいボサボサ頭の男は! 」
「どこの部族の迷子を拾ってきたのよ!?」
声の主は、油汚れのついた作業着を豪快に腕まくりし、巨大な金属製スパナを肩に担いだ少女だった。
艶のある赤銅色の髪を無造作にポニーテールにまとめ、勝気な琥珀色の瞳で駆を激しく値踏みしている。
彼女こそ、このドックで最年少ながら凄腕と評される生体整備士のラーナ(16歳)だった。
「違うんだよラーナ姉ちゃん! この人、さっきブラキオの足元で踏み潰されそうになってたんだけど、急に起き上がって『カウンターウェイトの構造計算が完璧だ』って、わけのわからない呪文をブツブツ言い出してさ……」
ロッソが困り顔で頭を掻く。
ラーナは怪訝そうな顔で駆に近づくと、その現代の日本の作業着の襟元をスパナの先で突っついた。
「フン、見たことない格好。ちょうど今、手が離せないほど忙しいんだから、変な野生の人間を連れてこないで――」
その時、ラーナの作業着のポケットが、モコモコ、モコモコと不自然に膨らみ始めた。
「ピギィィッ! 狭くて息が詰まるかと思ったのもふー!」
ラーナのポケットを強引に押し広げて、弾丸のような「モフモフの塊」が飛び出してきた。
体長30センチほど、綿飴にパタパタとした小さな翼がついたような、全身丸っこい愛らしい珍獣。
この時代ではポピュラーな愛玩ペットなのだが、驚くほど人間の言葉を理解する利発な個体――パタだった。
パタはラーナの肩へと飛び移ると、短い手足で自分のボサボサになった毛並みを一生懸命に毛づくろいし始めた。
「ふぅ、私の美しい感覚毛が静電気でガタガタなのぱた。
……って、あれ? ラーナ、そこのボサボサ頭、見たことない変なオーラを放っているのぱう」
パタが駆の存在に気づき、小さな鼻をクンクンと鳴らした、その瞬間。
「な、なんだ、この生き物は……!? 恐竜の子供……いや、トカゲのぬいぐるみか……?」
目の前でモコモコと動く未知の愛玩珍獣を見つめ、腰を抜かしたまま完全にパニックに陥っていた。
その時だった。
駆の懐にある鈍色のリングが、その未知の珍獣の呼吸に合わせるように、ドクン、ドクンと不気味な生体磁場を放って微振動を始めた。
――カチリ。
脳細胞の奥底で、何かが冷酷に、完璧に噛み合う音がした。
駆の「天才スイッチ」が、目の前の未知の愛玩珍獣に向かって、音を立てて最大出力でロックオンされた。
「――っ!? う、うわあああああああぁぁぁっっっ!!!???」
次の瞬間、駆はあまりの衝撃に自分の両目を押さえて絶叫した。
駆のボサボサの髪の奥、その瞳が吸い込まれるようなエメラルドグリーンに鋭くギラリと輝いたかと思うと、世界の見え方が一瞬にして完全にひっくり返ったのだ。
いきなり視界になだれ込んできた信じられない光景に、駆の心臓が爆発しそうなほど跳ね上がる。
目の前にいる珍獣の外側の愛らしい皮膚やモコモコとした肉体が、まるでガラス細工のようにすべて半透明に透けて見えていた。
その内側を走る、不気味なほど緻密に張り巡らされた『生体感覚毛(センサー回路)』の波長、骨格フレーム、そしてエネルギーの最高熱量が、ミリ単位の3D設計図のようにクッキリと色付けされて脳内へ浮かび上がってきたのだ。
「す、透けて見える……! 内側の骨や、エネルギーの応力集中点(データの流れ)が、全部完璧に透過スキャンされて見えちゃうんだ……っ!!」
いきなり未知の構造が見えてびっくりする駆。
恐怖を遥かに超えた骨格工学への知的好奇心が、彼の脳内サーボを限界まで加速させていく。
万年の時空を超えて目覚めた、【骨の目(透過スキャンシステム)】が、歴史上初めてこの地球に産声を上げた瞬間だった。(※2)
「……素晴らしい!!!」
「えっ? ピギッ!?」
駆は泥まみれの地面を一歩踏み出すと、ラーナの手をすり抜け、凄まじい瞬発力でパタを両手でガシリと捕まえた。
そして、至近距離でその小さな体を全方位からいじくり回し始めたのだ。
「腱膜の収縮構造からして翼竜の進化系、いや、三畳紀の爬虫類と初期哺乳類の中間種か!? 見てくれこの毛並み、ただの毛じゃない、高密度の感覚毛だ! 触ると体温がすごく高い、新陳代謝の効率が現代の生物の比じゃないぞ……! 心拍数は……1分間に300回か!? すごい、すごいぞこれ!!」
駆は目を血走らせながら、パタのお腹をひっくり返して肉球の数を数えたり、翼の付け根の骨格を指でコリコリと確かめたりしている。
「ピ、ピギャァァァーーーッ! やめるのがお! 解剖されるのぎゃおーっ!」
捕まったパタは、短い手足をバタバタと狂ったように動かし、涙目で必死に駆の指を拒絶しようと大暴れしている。
「ちょっとあんた! うちのドックの看板ペットを、セクハラみたいにベタベタ触るんじゃないわよ!」
カーン! と小気味よい音がドックに響いた。
ラーナが担いでいたスパナの柄で、駆の頭を容赦なくポカリと叩いたのだ。
「イテッ! いや、ラーナさん、これただのペットじゃないよ、骨格の密度が――」
「骨格の話はいいから早く離すのぱたーっ! 毛並みがボサボサのグチャグチャになっちゃうのもふ!」
パタが駆の指をガブッと甘噛みして、ようやく解放された。
パタは命からがらロッソの頭の上へと避難すると、そこでハァハァと息を荒くしながら毛を逆立て、怒った顔で駆をポカポカと威嚇した。
「この男、恐ろしいのぱう……。目が完全に、お肉の奥の骨を見ていたのもふ……」
「あはは、ごめんねパタ。駆は恐竜とか骨の話になると周りが見えなくなるんだよ」
ロッソが苦笑いしながらパタをなだめる。
ラーナは顔を真っ赤にしてスパナを駆に向け直した。
「本当に何なのよあんたは! 人のペットを勝手にいじくりまわさないで――」
「ギャオォォォォーーンッッッッ!!!!!!」
その時、ドックの最奥、頑丈な超硬度カルシウム合金製の鉄柵の向こうから、鼓膜が破れんばかりの凶暴な咆哮が轟いた。
凄まじい生体エネルギーの衝撃波がドック全体を駆け抜け、地面がガタガタと激しく揺れ始める。
「うわっ、また始まった!」
ロッソがパタを抱えて身を縮める。
パタも「ひぃ! 王者の怒りなのがおー!」とロッソの髪の毛に隠れた。
鉄柵の向こうで暴れていたのは、全長12メートルを超える陸上最強の捕食者――ティラノサウルスだった。
(※2)【能力名:骨の目(透過スキャンシステム)】
分類: 振動時 駆専用・脳内生体演算能力
概要: 駆の天才的な骨格工学の知識が、現代の遺跡から持ち込んだリングの微振動と共鳴し、初めて強烈に火を吹いた「超精密フラックス透過スキャン能力」。
初覚醒特徴: 未知の珍獣パタと出会ったまさにその瞬間に覚醒。能力発動時は瞳がエメラルドグリーンに輝き、皮膚や装甲を半透明に透視する。その内側にある感覚毛のバイオ回路や骨格の応力集中点をミリ単位の設計図として完全にロックオンする、すべての物語の始まりとなる最高の頭脳(目)である。
恐竜・古生物重機図鑑
【ブラキオサウルス(超大型生体クレーン仕様)】
分類: 竜脚形類(ジュラ紀後期)
重機用途: 高層建築、巨石神殿の建設、超重量材の垂直吊り上げ。
カスタム特徴: 背骨と腸骨にカルシウム合金製の補強フレームをボルト留め。首の可動域を支点とした滑車群と太い麻縄システム(クレーンアーム)を装備。胸部筋組織の直上に流線型の生体コックピットを埋め込み、手綱型の伝達神経インターフェースで操縦する。生物としての自重をそのままカウンターウェイト(重り)として利用する、究極の超大型土木重機。




