第7章 2:約束のスパナ
「……それが、このガロンドックが建つ前にあった、私たちのすべてよ」
メリアが静かに語り終え、手にしたランプを机の上に置いた。
ドックの夜。
オイルと蒸気の匂いに包まれた静寂のなか、駆もロッソも、言葉を失ってじっとラーナの横顔を見つめていた。
「ガロンの叔父ちゃん……僕のパパを助けるために……」
ロッソの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
4歳だったあの日は何も分からずに棒立ちで泣いていた少年が、今、すべての真実を知り、父親たちの血の滲むような絆の深さを理解したのだ。
「ロッソ、泣くんじゃないわよ。男の子でしょ」
ラーナはツンとそっぽを向くと、乱暴に涙を拭った。
そして、腰のツールベルトから、油汚れのついたあの大きな金属製のスパナを抜き出し、ランタンの光にかざした。
「私はあの日、パパに誓ったの。パパの遺してくれたこのスパナで、このドックの全ての命を守る世界一の整備士になるって」
ラーナは亡き父の形見をぎゅっと握りしめ、前をしっかりと見据えた。
「だから悲しみに負けて、恐竜や人間をただの道具にして使い潰すあいつらなんかに、絶対に負けない。ただそれだけよ」
ラーナの琥珀色の瞳には、あの骨還式の日の少女のままの、気高き職人の強い意志の光が宿っていた。
「……うん。ラーナさんは、もう立派にガロンさんの意志を継いでいるよ」
駆が優しく微笑み、彼女の持つスパナにそっと手を添えた。
「フッ、いい話じゃないか。夜中にコッソリつまみ食いをしに来たら、まさかそんな熱いドラマが繰り広げられていたとはな!」
ドックの影から、マントを派手に翻してバルト隊長が歩み出てきた。金髪のオールバックは相変わらず少し乱れている。
「ちょっとバルト、あんた厨房のスープを盗み食いしようとしてたの!? 最低の美意識ね!」
カルラが後ろからバルトの耳を強引に引っ張って現れた。
「痛たたた! 違うんだカルラ、俺は元・隊長としてドックの夜間警備を――あ痛い! 勘弁してくれ!」
バルトのいつものドタバタ劇に、ドック内にドッと温かい笑い声が広がった。
「ラーナちゃん、あんたの父親は本物の漢だ」
バルトはカルラの手から逃れると、少し真面目な顔になり、ラーナへと向き直った。
「俺たちのデイノニクスも、昨日加わったポストスクスも、これからはあんたのその『スパナ』に命を預ける。あのキルガ総帥のバカげた兵器どもが攻めてこようが、このドックは俺たち全員で守り抜いてみせるさ!」
「ギルも、ハンスも、みんな同じ気持ちです、ラーナさん」
奥の寝室から、生まれたばかりの赤ん坊「ルナ」を抱いたギルと、ソフィアも顔を出して微笑んだ。
要塞軍を捨て、家族を連れて移住してきたバルト部隊。
そして、8年前の約束を胸にスパナを握り続けるラーナと、ロッソ。
過去の哀しい記憶を乗り越えたドックの絆は、さらに強固に、そして絶対に崩れないひとつの「巨大な家族」へと生まれ変わった。
「……ありがと。明日の朝から死ぬ気で重機のメンテナンスを叩き込むから、覚悟しなさいよ!」
ラーナが照れ隠しに大声を張り上げる。
「応!」「任せるのもふ!」パタが駆の頭の上で力強く羽ばたいた。
翌朝、
みんなが準備のためにドックの表へと移動していくなか、ラーナは一人、少し薄暗いドックの奥の控室に残っていた。
部屋の小さな棚の上には、優しく笑う父親・ガロンの古い写真が飾られている。その写真のガラスの奥――
生前のパパが、愛用の大きなスパナを肩に担いで豪快に笑っている。
そのパパの胸元には、太陽の幾何学模様が刻まれた金属リング――【ソルリング】が、確かにその写真の中に最初から写り込んでいた。
現代で駆が南米で手に入れたはずのオーパーツが、なぜ、8年前の写真のガロンの胸元にあるのか。
それは言葉のない、けれど絶対的な時空の因果の証明だった。
ラーナは父親の写真を見つめ、胸に抱いた大きなスパナを、もう一度愛おしそうにきゅっと握りしめた。
「――じゃあパパ、行ってくるね!」
ラーナは晴れやかな笑顔で写真にそう語りかけると、振り返り、少し暗い部屋から、仲間たちの笑い声が響く明るい外へと、力強く一歩を踏み出した。
窓の外を見上げれば、どこまでも澄み渡る、どこまでも高い「超古代の青空」が優しく広がっていた。
彼らの明るい未来へ向けた戦いのカウントダウンが、この青空の下で、静かに始まろうとしていた。
(第7章・完 / 第8章へ続く)
恐竜・古生物重機図鑑(第7章)
【ガロンの約束のスパナ】
概要: 8年前に命を落とした偉大な生体整備士ガロンの形見である、大型の金属製スパナ。
特徴: 特殊な超硬度カルシウム合金で作られており、何万回重機のボルトを締め直しても歪むことがない。ラーナにとっては、父親の意志そのものであり、ドックに集うすべての恐竜重機と人間の命を守り抜くという、気高き職人の「約束の証」。
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