第6章 3:バルト部隊、極大緊急の戦略的ダイブ
「……くっ、ああぁっ……!」
ドックの奥に急造された防音寝室から、ソフィアの痛々しい悲鳴が漏れ聞こえていた。
予定日よりも大幅に早い突然の陣痛。長旅の疲労が重なったせいか、ソフィアの体力は急速に奪われ、顔面は蒼白、呼吸は浅くなる一方だった。
「まずいわ、このままじゃソフィアさんの体力がもたない……! 出産を乗り切るための、爆発的な栄養源が必要よ!」
お産を先導するカルラが、額の汗を拭いながら寝室から飛び出してきた。
「栄養源だと!? カルラ、何が必要なんだ、俺が今すぐ獲ってくる!」
バルトが金髪のオールバックを握りしめて叫ぶ。
「砂漠の北の断崖絶壁に巣食う、大型翼竜『タペヤラ』の卵よ! 妊婦の強壮剤になる最高の栄養価だけど、あそこは野生のテリトリーで、命がけの崖登りになるわ!」
駆の脳細胞が瞬時に記憶の図鑑をスキャンし、天才スイッチが入る。
「野生のタペヤラの卵……! ちょうど今の時期なら、繁殖に失敗して育たなかった『無精卵』が巣の隅に遺されているはずだ! 無精卵なら命を奪うことにはならない! 」
「ギルはソフィアさんの側にいてあげてくれ。ハンス、カイル、トード、俺たちで絶壁へ走るぞ! 愛車の出力を最大に上げろ!」
バルトの号令とともに、男たちはドックを飛び出した。
砂漠の果て、垂直に切り立つ高さ100メートルの断崖絶壁。
見上げれば、巨大なトサカを持った凶暴な翼竜タペヤラたちが、侵入者を拒むようにキィィィィンと鋭い金属質の鳴き声を上げて上空を乱舞していた。
「カイル、トード、下からバイオアンカーでロープを張れ! ハンス、俺に続け!」
バルトが泥だらけの崖に手をかけ、もの凄い勢いで絶壁を登り始める。
不器用でドジなはずのバルトだが、部下の家族の命がかかっている今の彼の動きには、一切の迷いも無駄もなかった。
「キィァァァァッ!」
激しい風切り音と共に、野生のタペヤラがバルトの背後から鋭い鉤爪を剥き出しにして急降下してきた。
バルトは避けるどころか、その大袈裟な肩パッドを盾にするようにしてタペヤラの突撃を真っ正面から受け止め、強引に弾き飛ばして巣の最奥へと手を伸ばした。
そこには、駆の予言通り、鈍く光る巨大な無精卵が鎮座していた。
しかし、その直後、岩肌が激しく崩落。
男たちは悲鳴を上げて地面へと叩きつけられた。
バルトも全身擦り傷だらけとなり、カイルは足首を激しく捻って骨折、ハンスは右肩を脱臼して異常な方向へと曲がってしまう。
「キィィィァァァァッ!」
怒り狂うタペヤラの大群が、地上に落ちた男たちを目がけて一斉に急降下してくる。
「クソッ、囲まれた! 全員、愛車に飛び乗れ! 撤退だぁぁぁ!」
バルトが激痛に耐えながらデイノニクスに跨がり、ハンスとカイルの負傷者を中央にかばうようにして5騎の生体バイクが一斉に砂漠を爆走し始めた。
時速80キロ。
だが、空を飛ぶタペヤラたちの急降下爆撃のスピードはそれを上回る。
「隊長! 後ろから3羽来ます! 卵が狙われてる!」
無口なトードが珍しく大声を張り上げた。
先頭を走るバルトの腕には、巨大なタペヤラの卵がある。
背後から巨大な嘴がバルトの脳頭蓋目指して突き立てられようとした、その瞬間だった。
「ハンス、受け取れぇぇぇい!」
バルトは手綱を片手で捌きながら、抱えていた卵をフワリと真後ろのハンスへと放り投げた。
ハンスは右肩を脱臼していたが、左腕一本で見事にそれをキャッチする。
標的を見失ったタペヤラが空中で一瞬困惑した隙に、ハンスは並走するカイルへとさらに卵を横パスした。
「カイル、そっちだ!」
「オーライッ! トード、繋ぐぞ!」
足首を骨折しているカイルが、デイノニクスのサドルの上で絶妙に身をよじり、ステップの痛みに耐えながらトードへと鋭いパスを送る。
卵は時速80キロで錯綜する4騎のデイノニクスの間を、まるで設計図を描くように正確な放物線を描いて次々と渡っていく。
「キ、キィァァッ!?」
完全に翻弄されるタペヤラたち。
右へ左へとパスが回るたび、翼竜たちは空中で急旋回を余儀なくされ、互いの翼をぶつけ合って失速していく。
「仕上げは俺だ! ギル、ソフィアさんのところへ届けるぞ!」
最後にトードからパスを受け取ったバルトが、乱れた金髪オールバックを風になびかせながら、デイノニクスを最大出力でドックの入り口へと滑り込ませた。
タペヤラの大群は、完全にチームワークで出し抜かれ、砂漠の彼方へと置き去りにされていた。
キキィィィィッ!!!
デイノニクスたちが激しい砂煙を上げてドックの前に急停止した。その瞬間、張り詰めた面持ちで待ち構えていたラーナが、真っ先に駆け寄ってきた。
「みんな……! 無事で、本当によかった……!」
ラーナの琥珀色の瞳から、張り詰めていた緊張の涙がポロリとこぼれ落ちる。
しかし、彼女はすぐにきゅっと唇を結ぶと、その鋭い視線を男たちの身体へと走らせた。一瞬にしてプロの生体整備士の「目」に戻ったのだ。
「――ハンス、その右腕、完全に軸が外れてるわね。カイル、あんた足首のバイオ圧を逃がし損ねて骨盤まで歪んでるじゃない! バルト、あんたは擦り傷だらけよ、何やってんのよ!」
ラーナは男たちの負傷箇所を一瞬の目視で完璧に把握すると、すぐさま特殊な工具瓶を抱えて彼らの間を飛び回った。
「カイル、そこを動くんじゃないわよ! 擦り傷にはこれ、トリケラトプスの背中から抽出したバイワックスを精製した『生体塗り薬』よ! 腫れと激しい炎症には、アンキロサウルスの尾の冷却液を混ぜたこの『生体湿布』を貼るからね!」
ラーナは凄まじい手際で、まるで慣れ親しんだ重機のパーツを扱うように、男たちの皮膚の手当てをしていく。
彼女の植物と恐竜の分泌液を応用した医療知識は、現代の救急救命士をも凌駕していた。
「ラーナさん、ありがとう……でも、この肩が激痛で……」
ハンスが右肩を抑え、脂汗を流して絶叫する。
「ハンスくん、僕に身体を預けてくれ」
駆がボサボサの髪の奥から、冷静で鋭い眼光をハンスの右肩へと向けた。
「駆、あんた人体の治療なんてできるの!? 恐竜の骨しか専門外でしょ!」
「ラーナ、生物の基本骨格は、恐竜も人間も同じ油圧とテコの原理(力学)で動いているんだ。ハンスくん、息を大きく吐いて。……今だ」
駆はハンスの右腕を絶妙な角度でホールドすると、人体の関節の構造計算(解剖学)に基づき、一瞬の澱みもなくグッと腕を内側へ捻りながら押し込んだ。
――ガコンッ!
「ひっ……あ、あれ? 痛みが消えた……!?」
ハンスが目を丸くする。
外側の皮膚を全く傷つけることなく、骨の噛み合わせを一瞬で元に戻す神業。
「カイルくんの足首もそうだ。腓骨の遠位端がわずかにヒビを割っている。ラーナ、アンキロの冷却湿布の上から、トリケラの外殻(骨板)の破片を副木にして、この包帯でガチガチに固定してくれ。これで2週間で繋がる」
「あ、あんた本当に何者よ……」
ラーナが呆れ果てながらも、駆の指示通りにカイルの足を完璧に固定していく。
「バルト、卵をカルラさんへ!」
「お、おう!」
泥と血まみれになりながら、バルトがその強壮の卵をカルラへと手渡した。
すぐさま卵の滋養がスープへと変えられ、ソフィアの口へと運ばれる。
数刻後。
ドックの奥から、それまでの緊迫した悲鳴とは全く違う、みずみずしく、力強い生命の産声が響き渡った。
「おぎゃあぁ、おぎゃあぁ……!」
「産まれた……産まれたのもふーっ!」
パタが嬉しさのあまりドックの天井を飛び回り、カイルもハンスも、そして父親になったギルも、大の男たちが全員ボロリと涙を流して抱き合った。
「よかった……本当によかった……」
ロッソがティラノの足元で座り込み、ラーナも琥珀色の瞳に涙をいっぱいに溜めて微笑んだ。
駆はそっと胸のポケットから、あの過去と未来を繋ぐ鈍色のオーパーツ(リング)を取り出し、ふとドックの天窓を見上げた。
「……そういえば、不思議な空の日だったな」
駆の言葉に、カルラやバルトも静かに頷いた。
ソフィアが産気づき、卵を抱えて砂漠をデイノニクスで爆走していたあの昼下がり。
空は雲一つない快晴だったはずなのに、奇妙な静寂と共に、まるで夜が訪れたかのように世界が急速に薄暗くなっていったのだ。
見上げた太陽の真ん中には、まるで見えない「黒い月」が重なったかのように、黒い球体を囲む眩い光の輪だけが不気味に、そして神々しく輝いていた。
超古代の住人たちにとっては不吉な予兆とも思える不思議な天文現象――日食が、まさにこの子の誕生の瞬間に重なっていたのだ。
「……ルナ」
ギルが愛おしそうに我が子を抱き上げ、その名前を呼んだ。
「この子の名前は、ルナ。バルト隊長たちが命がけで繋いでくれた、あの不思議な黒い太陽を包んでいた、月のような希望の光になってほしいから」
「ルナ、いい名前なのぱう。ドックの新しい家族の誕生なのもふ!」
パタが赤ん坊の頬にそっとモフモフの毛を擦り寄せる。
その瞬間、産まれたばかりの赤ん坊の強い生命エネルギーと、引き合うように重なった日食の太陽の波動に共鳴したのか、駆の手の中にあるリングの表面の幾何学模様が、一瞬だけ眩く青白く発光した。
光が収まったリングの表面には、今まで存在しなかったはずの、優しく美しい『月のマーク(ルナ・エンブレム)』が、歴史の因果の証として、クッキリと、新しく刻み込まれていた。
要塞軍を捨て、家族を連れて移住してきたバルト部隊。
彼らと、駆たちの知恵と医療技術、そして黒い太陽が輝く神秘の日のもとで、新しい命を守り抜いたドックは、絶対に負けられない「家族の砦」へと、完全に生まれ変わったのだった。
(第6章・完 / 第7章へ続く)




