第5章 2:三畳紀の鉄顎!地を這う激震【泥んこダイブ】
「おいバルト! 貴様、キルガ総帥を、我が軍を裏切るというのかァッ!」
コックピットの中でアイゼン将軍が顔を真っ赤にして絶叫する。
しかし、5本のワイヤーをポストスクスの脚へガチリと噛み込ませたバルトは、デイノニクスの背の上でマントを乱暴に払ってみせた。
「裏切ったのは貴様らだ! 私は恐竜を愛する男バルト! 悲鳴を上げるあの子を、これ以上道具のように使い潰させはせん!」
バルトが不敵に言い放った瞬間、ドックの前にいた職人たちから「おお……!」と地鳴りのような歓声が上がった。
バルトはさらにカッコつけてポーズを決め、マントをもう一振り翻す。
「フッ、どうだドックのガキども、あるいはボサボサ頭の天才(駆)。これが男バルトの生き様――うおわぁっ!?」
カッコつけすぎて重心を崩したバルトは、デイノニクスのサドルから足を滑らせ、そのまま横の泥水の中へ「ベチャッ」と派手に顔面からダイブした。
自慢の金髪オールバックが泥でグチャグチャに乱れ、爆発したように広がっている。
「た、隊長ーーーっ!?」
残りの隊員たちが慌ててバルトを引き抜く。
パタがロッソの頭の上で「やっぱり台無しになるレベルのドジっ子なのぱう……」と呆れた声を出し、ラーナも「何やってんのよあの男!」と頭を抱えた。
しかし、そのコントのような一瞬の間にも、ポストスクスの鉄の顎はティラノの喉元でギチギチと音を立てていた。
ワイヤーが一本、また一本と、凄まじい風圧で引きちぎられていく。
「駆、早くして! バルトたちのワイヤーが全部切れちゃうわ!」
ラーナが叫ぶ。
「……見えた。あいつの骨の限界点がそこだ!」
駆の目は、すでにポストスクスの完璧な死角を捉えていた。
天才スイッチが、暗闇の中の設計図を照らし出す。
「ポストスクスは低い重心から強大なトルクを生み出す『ワニ型骨格』だ。
だけどアイゼンは、出力を強引に上げるために前足の『橈骨』と『尺骨』の結合部をボルトでガチガチに固定してしまっている!
だから、下からの突き上げには無敵だけど、上方向から急激に10トン以上の自重(重り)を叩きつけられたら、前足の関節がねじれ負荷に耐えきれず、完全にロック(過負荷)されるんだ!」
駆はコックピットのロッソ(肩)を強く叩いた。
「ロッソくん、ティラノの尾のアンカーを、背後にある『ブラキオ・クレーン』の滑車ワイヤーに繋ぐんだ! そして、ティラノの自重をそのまま、あいつの背中の装甲プレートへ向かって上から叩き落とせ!」
「ブラキオのワイヤーを……!? 分かった、いっけぇぇぇ、ティラノ!」
ロッソが手綱(操縦桿)を激しく押し込む。
ティラノサウルス解体機は、自慢の強靭な尾を一閃させ、ドックに待機していたブラキオ・クレーンの極太の麻縄ワイヤーをその尾のアンカーでガチリとキャッチした。
そして、ポストスクスの押し上げる力を逆に利用し、ティラノは自らの巨体を上空へと大きく跳躍させた。
「何っ!? 跳んだだと!?」
アイゼン将軍が驚愕に見上げる。
ブラキオ・クレーンの強固な滑車システムがギチギチと音を立て、ティラノサウルスの10トンを超える巨体が、上空からポストスクスの背中へと真っ逆さまに自由落下した。
ドゴォォォォォォーーンッッッッ!!!!!!
凄まじい衝撃波が砂漠の砂を吹き飛ばす。
駆の計算通り、上方向から叩きつけられた10トンの自重の負荷に、ポストスクスの固定された前足の関節が耐えきれず、バリバリと激しい破砕音を立てて完全にロックされた。
ポストスクスは地を傷つけない姿勢のまま身動きが取れなくなる。
「今だ、ロッソくん! 敵の頭骨の直上、赤く光るリミッターのコアだ!」
「これで終わりだ! 喰らえええええっ!!」
ロッソが手綱(操縦桿)を引き絞る。ティラノサウルスが上空からその強大なチタン合金の牙を、ポストスクスの頭部へと容赦なく叩きつけた。
バリバリバリィィィンッ!!!
強固なリミッターの金属ヘッドギアが木っ端微塵に粉砕され、激しい青い火花が周囲に飛び散る。
「ギィ……ガガッ……」
ポストスクスの瞳からあのドス赤い狂気の光がスッと消え去り、本来の静かな、優しい瞳が戻った。
油圧の圧力が抜け、ポストスクスは救われたように静かに大きな鼻息を漏らした。
「ば、馬鹿な……我が軍、最新重機が、民間人の手によって……!」
コックピットから這い出てきたアイゼン将軍は、完全に腰を抜かしていた。
バルトが裏切り、自慢のポストスクスが機能停止した今、これ以上の戦闘は不可能だった。
将軍は悔しそうに歯噛みすると、後方に待機させていた『予備用の小型ポストスクス』へ命からがら飛び乗り、手元に残っていた予備の制御器を強引にはめて起動させた。
「お、覚えていろよ裏切り者のバルト! そしてドックのガキども! この屈辱は必ず……!」
アイゼン将軍は捨て台詞を残すと、小型のポストスクスを狂ったように走らせ、砂煙の向こうへと単独で逃げ帰っていった。
「……逃げちゃったのね。追わなくていいの?」
ロッソの頭の上でパタが首を傾げる。駆は壊れたリミッターの破片を拾い上げながら、静かに首を振った。
「いや、追う必要はないよ。あの将軍クラスのポストスクスは、骨格のカスタム難易度からしても、敵軍に数頭しか存在しない超貴重な粉砕重機だ。あの巨大なメイン個体をここに遺して鹵獲された以上、アイゼン将軍は軍内で完全に失脚する。もう二度と、僕たちの前に戦闘に来ることはできないはずだ」
「じゃあ、このポストスクスは私たちの新しい家族(仲間)ってわけね!」
ラーナが大人しくなった巨大ポストスクスの鼻先を優しく撫でる。
リミッターの激痛から解放されたポストスクスは、ふぅ、と穏やかな鼻息を漏らし、ドックの新しい仲間(開墾重機)として優しく目を細めた。
ドックの外では、髪型が泥でグチャグチャに爆発したバルト隊長が、再びマントをビシッと翻して、ティラノを見上げていた。
「フッ、私の助けがなければ今頃スクラップだったな。……だが、勘違いするなよ! 私はキルガ総帥のやり方にヘドが出たから手を貸しただけだ。お前たちの仲間になったわけじゃない!」
バルトはツンとそっぽを向うと、デイノニクスに跨がった。
「私はもうキルガ要塞軍には戻れん。だが、自分の信じる道は自分で決める。お前たち、また会おう!」
バルトはそう捨て台詞を残すと、再びデイノニクスに拍車をかけた。
「野郎ども、撤退だ!」
その瞬間、彼の乗るデイノニクスが「ぷぅ」と気の抜けた鼻息を漏らし、バルトは再びバランスを崩してよろけた。
ラーナもロッソも、それを見て今度こそ大笑いした。
こうして、キルガ要塞軍の刺客であるアイゼン将軍を完全に退けた駆たち。
バルトは、どこかへ消え去ってしまった。
(第5章・完 / 第6章へ続く)
恐竜・古生物重機図鑑(第5章)
【ポストスクス(超大型岩盤粉砕重機仕様)】
弱点(骨格特性): 低重心で下からの押し上げには無敵の強度を誇るが、出力を上げるために前足の「橈骨」と「尺骨」を金属ボルトで完全に固定している。そのため、上方向から急激に「10トン以上の過負荷」を叩きつけられると、関節の応力分散が完全に麻痺し、前足の駆動システムが全停止するという致命的な弱点を持つ。




