第5章 1:三畳紀の鉄顎!地を這う激震
大暴走を始めたトリケラトプスとアンキロサウルスを、傷一つつけずに救い出した駆たち。
ドックへと戻り、恐竜たちの泥を優しく拭ってやっている彼らのもとへ、再び不穏な影が迫っていた。
「みんな、大変のもふ! 居留区境界線のレーダーが、さっきの肩パッドたちの生体バイクとは比べものにならないくらい、重くて巨大なバイオフラックス(生体エネルギー)を感知したのぱた!」
パタがロッソの頭の上で短い羽をピンと立て、耳を震わせながら叫んだ。
「なんですって……!? キルガ総帥、もう次の刺客を差し向けてきたっていうの!?」
ラーナがスパナを強く握りしめ、顔を強張らせる。
その言葉に応じるように、ドックの床が、グラグラと不気味な横揺れを始め、遠くの地平線から、ズズズ……と地を這うような重苦しい金属摩擦音が近づいてきた。
「……いや、足音が聞こえない。地響きだけが重く響いている」
駆の天才スイッチが鋭く切り替わる。双眼鏡を覗き込み、居留区の防壁の向こう側を凝視した。
砂煙を突き破って現れたのは、ティラノサウルスのような巨体でありながら、極端に足が短く、ワニのように地を這う姿勢をした悍ましい超巨大古生物――恐竜の祖先にあたる三畳紀の覇者、『ポストスクス』だった。
頭部から背中にかけて、肉厚な装甲プレートがびっしりと溶接され、その巨大な顎には、どんな大岩をも一瞬で噛み砕く、超高圧の油圧式チタン合金ブレードが換装されている。
背中の重厚なコックピットから手綱を握り、冷酷な目で街を見下ろしているのは、敵軍の誇るアイゼン将軍だった。
そして、そのポストスクス型『超大型岩盤粉砕重機』の左右を固めるように、5騎のデイノニクス生体バイク部隊が並び立つ。
先頭にいるのは、先ほど情けなく退却していったはずのバルト隊長だった。
バルトは泥を拭った顔を引きつらせ、気まずそうにマントを翻す。
「ハァーッハッハ! 斥候のバルトが民間人相手に泥にまみれて逃げ戻ったと聞けば、こんな寂れた修理工場に怯えていたとはな!」
アイゼン将軍が、拡声器のバイオインカムを通じて野太い声を轟かせる。
「バルトよ、貴様の汚名返上の機会をくれてやる。我がポストスクスが正面からこのドックを噛み砕く。貴様のデイノニクス部隊は、左右からあのティラノの死角を突け!」
「は、ハッ! 了解いたしました、アイゼン将軍!」
バルトは手元のコントローラーのボタンを押し、デイノニクスを前進させた。
だが、その手綱を握る手は、さっきの戦いとは違ってどこか鈍かった。
バルトはコックピットにいる駆たちの姿を盗み見る。
彼らは、先ほどリミッターを解除されたばかりのトリケラトプスやアンキロサウルスを、自分たちの身体で庇うようにしてドックの前に立ちはだかっていたのだ。
「アイゼン将軍、あの……あいつらはただの民間人の修理工で、恐竜たちのケガを治していただけでして、その、無理に殲滅せずとも……」
「黙れバルト! 我ら侵略者に慈悲など不要! 逆らうものは恐竜ごとスクラップだ!」
アイゼン将軍が手元のレバーを強引に引くと、ポストスクスの頭部のリミッターがドス赤く発光した。
「ギィ、ギャァァァァァーーーーッッッッ!!!」
心を完全に殺されたポストスクスが、脳を焼き切られるような激痛に狂った咆哮を上げる。
全身のバイオチューブが破裂しそうなほど膨れ上がり、チタンの顎をガチガチと鳴らしながら、凄まじい地響きを立ててドックへと向かって突進してきた。
「駆、あれは『粉砕重機』よ! あんな顎で噛みつかれたら、ティラノの装甲だって耐えられないわ!」
ラーナが悲鳴を上げる。
「ロッソくん、ティラノを前進させてくれ! 敵の巨体を正面から受け止めるんだ!」
「分かった、いこうティラノ!!」
ロッソが手綱(操縦桿)を押し込み、ティラノサウルス解体機がポストスクスを迎え撃つべく走り出す。
ドゴォォォォーーン!!!
巨体と巨体が真っ正面から激突し、凄まじい衝撃波がドックの周囲を吹き飛ばした。
ティラノがチタンの牙でポストスクスの頭部を押さえつけようとするが、ポストスクスはワニ特有の低い重心と強靭な首の筋肉を使い、下からティラノの体を強引に押し上げ、その凶暴な鉄の顎をティラノの喉元へと迫らせた。
「くっ、パワーが強すぎる……! 下からの押し上げに抗いきれない!」
ロッソが冷や汗を流しながら手綱(操縦桿)を引き絞るが、ティラノの足元がズズズと後ろへ押し下げられていく。
「ハッハッハ! 圧し潰せ、ポストスクス! バルト、何をしている! 今すぐティラノの背後に回り込み、コックピットを切り裂け!」
アイゼン将軍の非情な命令が戦場に響く。
「……クソッ!」
バルトはデイノニクスを走らせ、ティラノサウルスの背後へと回り込んだ。
手元のボタンを押せば、デイノニクスの鉤爪がロッソたちの操縦席を両断する。
しかし、バルトの目は、激痛のなかで悲鳴を上げながら出力を上げ続けるポストスクスの、血の涙を流さんばかりの瞳を捉えていた。
そして、絶体絶命のピンチのなかでも、ティラノサウルスの骨格に無理な負荷がかからないよう、必死に重心の指示を出し、恐竜たちの命を救おうと叫んでいる駆の姿が、バルトの視界に飛び込んできた。
(俺たちは……一体何のために戦っているんだ……?)
心を殺し、悲鳴を上げる恐竜を使い潰して、命を救おうとする者たちを殺す。
それが、自分の誇りだったはずの『侵略者』の戦い方なのか。
バルトの胸の奥で、かつて純粋に恐竜を愛し、相棒と共に大地を駆けたいと願っていた頃の古い記憶が、激しく、燃え盛るように爆発した。
「バルト! 何を躊躇している、早くやれ!」
アイゼン将軍の怒声。
「――ええい、クソ真面目な侵略者もおしまいだな!! 私は……私はあの子たちを、恐竜をただの道具にする貴様らを、絶対に許さなぁぁぁい!!」
バルトは咆哮すると、手元のコントローラーを地面へと叩きつけ、自らの足で強引に踏み砕いた。
「野郎ども! フォーメーション・アンカー! 狙うのはティラノじゃない、あのトゲトゲワニの動きを止めろぉぉぉい!!」
「な、何だと貴様ァッ!?」
アイゼン将軍が驚愕に目を見開いた。
その瞬間、バルトのデイノニクス部隊5騎が一斉に方向転換し、水中・耐潜用の高圧バイオアンカーを、ポストスクスの短い後ろ脚のフレームへと一斉に発射したのだ!
5本の鋭い鋼鉄ワイヤーがポストスクスの巨体を強引に後ろへと引き戻し、ティラノの喉元へ迫っていた鉄の顎が、ギリギリのところでピタリと停止した。
「バルト、あんた……!」
コックピットから、ラーナが驚愕の声を上げた。
バルトはデイノニクスに跨ったまま、泥だらけの顔で不敵にニヤリと笑ってみせた。
「おい、ボサボサ頭の天才(駆)! 持ちこたえるのは数秒が限界だ! あいつの骨の弱点を早く見抜いてくれ!」
バルト隊長、決死の造反。
それに応えるように、駆の脳細胞が超高速で回転し、天才スイッチがポストスクスの低重心の骨格を完全にロックオンした。




