93話
昼休み。
教室の空気が、少し違う。
「……なぁ」
後ろから声。
「さっきのさ」
「……何も言うな」
「いや無理だろ」
「見てたぞ普通に」
「……忘れろ」
「無理だって」
「……」
隣で東が静かに言う。
「……広がってる」
「だろうな」
「……噂」
「聞きたくないな」
ガラッ
「……東海林さん」
来た。
「……来ると思った」
「……会いに来た」
「毎回だな」
すとん
「乗るな」
でも——いつもと違う。
ぎゅっ
強い。
明らかに強い。
「……どうした」
「……」
返事がない。
ただ、ぎゅっ
さらに強くなる。
「……おい」
「……見てる」
「何が」
「……周り」
「……」
ちらっと見ると、確かに視線が多い。
朝の件もある。
「……大丈夫だ」
「……だめ」
「何が」
「……変」
「今更だろ」
「……違う」
「……みんな見てる」
「見てるな」
「……やだ」
ぎゅっ
ほぼしがみつくような形。
「……離れないで」
「離れてない」
「……もっと」
「これ以上は無理だ」
「……東海林さん」
顔を埋めたまま、
「……さっき」
「ん?」
「……見られた」
「見られたな」
「……やだ」
「……」
言葉が続かない。
でも、震えてる。
「……大丈夫だって」
「……だめ」
「何がだよ」
「……変に思われる」
「思われてるだろうな」
「……やだ」
ぎゅうっ
さらに力が強くなる。
「……苦しいって」
「……やだ」
「またそれか」
「……東海林さん」
「ん?」
「……私だけにして」
「……それは無理だな」
「……やだ」
そのまま、顔を上げる。
目が少し赤い。
「……取られる」
「誰にだよ」
「……みんな」
「意味分からん」
「……さっき」
「ん?」
「……楽しそうだった」
「……何が」
「……秋山さんと」
「……」
「……私だけじゃない」
「当たり前だろ」
「……やだ」
完全に思考が寄ってる。
「……響」
「……なに」
「……落ち着け」
「……やだ」
「……怖い」
ぽつりと。
「……全部」
「……」
「……なくなりそう」
「……」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……なくならない」
「……ほんと?」
「ほんと」
「……ほんと?」
「何回聞くんだ」
「……東海林さん」
「ん?」
「……ここで」
「何だ」
「……キスして」
「は?」
「……安心したい」
「……」
周りの視線。
さっきの騒ぎ全部ある。
「……だめ?」
「……」
「……」
少しだけ間。
「……軽くだぞ」
「……うん」
ちゅ
今度は——さっきよりも少しだけしっかり。
「……」
一瞬、教室が静まる。
「……っ」
ぎゅっ
「……落ち着いた?」
「……ちょっと」
「やば……」
後ろで小声。
「またやったぞ」
「昼でもやるのかよ」
「……」
でも、さっきより呼吸が落ち着いてる。
「……東海林さん」
「ん?」
「……ありがとう」
「……はいはい」
ぎゅっ
でも、まだ離れない。
「……これ」
東が小さく言う。
「ん?」
「……限界近い」
「……だろうな」
「……東海林さん」
「ん?」
「……ずっと一緒」
「……」
「……うん」
短く答える。
そのまま、昼休みが終わるまで、響は一度も離れなかった。
でも——その距離は安心のためじゃなくて、不安を押さえつけるためのものに、少しずつ変わっていた。
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