87話
朝。
いつもより少し静か。
「……今日か」
「うん」
帰る日。
数日いた祖母の家とも、今日で一旦終わり。
「……帰るの?」
「帰るよ」
「……そっか」
楓が少しだけ寂しそうに笑う。
「……東海林さん」
「ん?」
「……帰る」
「帰るな」
「……うん」
でも——ぎゅっ
いつもより強い。
「……」
「……強いな」
「……離れたくない」
「またそれか」
「……だめ?」
「だめじゃないけどな」
朝ごはんを食べて、荷物をまとめる。
「忘れ物ない?」
「多分大丈夫」
「……大丈夫」
「お兄ちゃん!」
親戚の子が走ってくる。
「帰っちゃうの?」
「ああ」
「えー!」
「また来るだろ」
「ほんと?」
「多分な」
「約束ね!」
「軽いな」
「……」
その様子を見て、ぎゅっ
「……」
「だから取られないって」
「……うん」
でも納得しきってない顔。
玄関。
靴を履いて、外に出る準備。
「お世話になりました」
「またおいで」
「……ありがとうございました」
「ありがとう」
「元気でね」
「またねー!」
声が飛ぶ。
「……楓」
「ん?」
「またな」
「うん」
少しだけ間。
「……ちゃんと見ててね」
楓が小さく言う。
「何をだ」
「分かるでしょ」
「……まぁな」
「……東海林さん」
「ん?」
「……行こ」
手を引かれる。
「分かってる」
駅までの道。
「……」
「静かだな」
「……うん」
ぎゅっ
腕に絡みついてくる。
「……離れない」
「はいはい」
「……帰ったら」
「ん?」
「……また一緒?」
「同じ家だろ」
「……うん」
少しだけ安心した顔。
電車。席に座る。
「……はぁ」
「疲れた?」
「……少し」
そして——すとん
「乗るな」
膝の上。
「……ここ」
「安定するな」
「……うん」
「ほんとさ」
秋山が笑う。
「場所変わっても同じだね」
「変わらないな」
「……東海林さん」
「ん?」
「……さっき」
「何が」
「……いなくなる夢、また見るかも」
「……」
「……そん時は」
少しだけ考えて、
「起こせ」
「……いいの?」
「いい」
「……すぐ?」
「すぐ」
「……うん」
ぎゅっ
また少し強くなる。
「……帰りたくなかった?」
秋山が聞く。
「……」
少しだけ間。
「……うん」
正直な声。
「……でも」
「?」
「……一緒ならいい」
「……そうか」
電車が揺れる。
静かな時間。
「……東海林さん」
「ん?」
「……帰っても」
「変わらないだろ」
「……うん」
そのまま、膝の上で少しずつ眠り始める。
「……すー……」
「早いな」
「安心したんじゃない?」
秋山が言う。
「かもな」
外の景色が流れていく。
祖母の家から、また日常へ。
でも——腕の中の重さと、離れない温もりは何も変わらないまま。
「……ただいまって言うか」
「もうすぐだね」
「……うん」
そのまま三人で、帰り道を進んでいった。
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