33話
夕方。
浴衣姿の楓が玄関から出てきた瞬間、空気が少し止まった。
淡い水色。金魚柄。
昔より少し背が伸びて、大人びて見える。
「どう?」
くるっと回る。
「似合ってる」
正直に言う。楓は一瞬だけ目を細めて笑った。
その横で。
「……」
響は無言。白地に薄桃の浴衣。
ほぼ女子。いや、完全に女子。
帯を締めているのは祖母だ。
「響ちゃんは本当に可愛いねぇ」
祖母が嬉しそうに言う。
楓がちらっと俺を見る。
その視線は昨日よりもずっと静かだった。
秋山は黒地の浴衣。シンプルだけど似合う。
「東海林、早く行こ」
秋山は自然に俺の袖を掴む。反対側から、響も掴む。
「……はぐれるから」
楓は一拍遅れて、俺の後ろを歩く。
神社までの道。提灯が並び、屋台の匂いが流れてくる。
焼きそば、たこ焼き、綿あめ。夏の湿った空気。
「…借り物競走より…緊張するかも」
「なんで」
「…色々」
意味は分かる。境内に入ると、人で溢れていた。
太鼓の音。子どもの笑い声。
響がぎゅっと腕を絡める。
「……離れないで」
「離れない」
即答。
楓がそれを見て、小さく息を吐く。
「東海林、金魚すくい」
楓が指さす。
「勝負しよ」
「いいけど」
「負けたらジュース奢りね」
秋山が静かに言う。
「僕もやる」
四人で並ぶ。ポイを持つ。水面に揺れる金魚。
響は真剣な顔。楓は昔と同じ、負けず嫌いの顔。
結果。
一番多く取ったのは響。
「……三匹」
得意げ。
楓は二匹。
「ちょっと悔しい」
秋山は一匹。俺はゼロ。
「東海林、弱」
「ポイ破れた」
「言い訳」
笑い声が混ざる。少しだけ、昨日の空気が和らぐ。
次は射的。
楓が本気を出して、ぬいぐるみを落とす。
それを響に渡す。
「昨日のお詫び」
「……?」
「びっくりしたからって、ちょっと意地悪だった」
響は少しだけ目を丸くする。
「……ありがとう」
楓は笑う。
「ちゃんと守ってもらいなよ」
俺を見る。
「東海林は鈍いけど、逃げないから」
秋山が小さく笑う。
「そこは同意」
夜が深くなる。花火の時間で川沿いに移動する。
四人で並ぶ。
最初の一発が上がる。夜空に光が咲く。
響が、そっと俺の手を握る。
楓はそれを見る。でも何も言わない。
代わりに、俺の反対側に立つ。距離は少しある。でも、離れてはいない。
「ねぇ」
花火の音の隙間で楓が言う。
「響が男って知ってもさ」
「うん」
「ずるいなって思ったのは、そこじゃない」
「何が」
「東海林が、あんな顔するんだなって」
「どんな」
「守るって決めた顔」
花火が弾ける。俺は何も返せない。
楓は小さく笑う。
「私もさ」
少し間。
「まだ、諦めてないから」
宣戦布告みたいに。でも優しい声。
その瞬間。響の手が少し強くなる。
秋山は静かに前を見ている。でも分かる。
全員、同じものを見ている。
夜空の花火じゃない。この関係の行き先を。
最後の大きな花火が上がる。
光が消えたあと。闇が戻る。
響が小さく言う。
「……帰ろ」
俺は頷く。
四人で歩き出す。
距離は近い。でも、それぞれ少しずつ違う温度を抱えたまま。
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