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第30話 妹ってなんかガキ


 制服姿のこそこそした人影が、閑散とした総合公園へと顔をのぞかせていた。

 本日、九月八日は典越高校の創立記念日なのだが、そんなことすっかり忘れていた炭木はいつも通りに登校してしまった次第。

 とぼとぼ帰路に就こうとしたが、せっかく弁当を用意してもらった手前、足早に帰るのも気が引ける。

 なら、少し遠出のピクニックにでも洒落込もうとしたわけである。


 しかし平日の朝っぱらから広めの公園に学生がいるとなると、痛い目でみられてもおかしくはない。

 問題なかろうと面倒事になるのは避けたいのだろう、少し外れた位置にあるベンチへと縮こまるように腰かけるのだった。


「ん……、ん」


 もそもそと弁当をつつきだした炭木だったが、その視界はおかずではなく公園内へとむけられていた。

 平日の朝でも人気がまったくないということはなく、まばらだが数人は視界にはいりこんでくる。


 犬の散歩をしている主婦。

 ハーフパンツでランニングメニューをこなしている青年。


 そして、ゴワっとした長い黒髪を靡かせながら、結構ノリノリに巨大な滑り台を滑り降りている低身長中学生女子の姿。


「……」


 炭木は黙った。

 そしてさらに身を縮めた。

 ひとり、見知った顔が><←こんな目をしてはしゃいでいたからだ。


 本日は月曜日。

 そして前回からの今日。

 藤崎の戯言を信じるのであれば彼女は不登校生であり、昨日までのこの時間はゲームセンターでコーチングに勤しんでいたのだろう。

 そんな妹さんがこんなところでリストラ会社員ムーブをしているということは、つまり……そいうことである。


 炭木に「出禁」の二文字が重くのしかかる。

 その後ろめたさが彼の巨体を小さく丸めこませたのだ。

 まだ半分も食していない弁当の蓋を閉じ、抜き足差し足とその場から立ち去るのだった──。



「あっ!!」



「……っ!?」


 そんな甲高い声が響くや否や、黒い弾丸が炭木方向へと一直線に飛んでくる。

 世間体的にも逃げるなどできず、愛想笑いで応対するしかなかった。


「ど、どうも。操さん」


「へへっ、へぇ……彼氏ぃ……。な、なんだよ彼氏よその格好よぉ~。あ……あれかぁ? 制服ディズニーみたいなヤツだなぁ、さては。あーあ……公共機関に自分ルール押し付けても楽しけりゃあいいとか思ってるDQNの発想だよなぉ〜……それ。自覚あるぅ?」


「そ……っすかねぇ」


 肩で息をしながら、ヘラヘラっとした嘲笑で上目遣いをしてきたのは藤崎操。


 そっちからむかってきておいてなんだこの言い草はといった感じだが、炭木はなんともへりくだった様子である。

 こんなのでも先輩の妹。

 下手な態度がとれないのはスポーツ部在籍経験のサガなのだろうか。


「それで、なんです? なんかようで」


「よう? ようがないと声かけちゃダメなのかよぉ……? い、いるよなたまに、その話オチないの? とかいうヤツ。お笑い好き気取ってるヤツはなぁ……、自分が一番つまんねぇってことに気づかないんだよなぁ……なんつぅーか」


「どこからでも繋げてくる」


 関係の薄い話題の転換であろうと、自身の価値観を強要、共有さえできればそれでいいのだ。

 いうなれば、自我が芽生えイヤイヤ期に突入した二歳児。

 正義感、言語能力が身についているぶんタチが悪い。


「えーと、お話しするなら腰掛けましょうか。あそこのベンチにでも……」


「ふへっへ、はぁ……痛い中年の発想? それが気遣いだと思ってんのがヤベェよなぁ。アイドル志向かぁ……? そもそもぉ、アイドル自体廃れたコンテンツなのによぉ……い、いまだ擦ってるヤツいるのが生き遅れてる証拠なんだよなぁ。あーやだやだ、ゆとりもジジイの世代かよ」


「はは…………、どうなんでしょうね」


「よそで偽善に励むならどうでもいいけどよぉ……、他人と関わろうとするなら譲歩しないといけないのは事実なんだよなぁ。わ、私が仮にボーイズラブとか好きでも彼氏ぃには関係ねえけどぉ、それを押し付けてこられりゃ腹立つだろぉ……? そういう弁えってのが社会の常識なんじゃあねぇえかなぁー……?」


「うん……あの、なんか…………」


「だぶ、ダブスタってヤツだよなぁ……これぇ! 善意の安売りをしたいから一般社会は自分に同調してほしい、なんてぇ……。ふひっ……ぎ、偽善者が世界的に働いてる迷惑行為のこととか調べもしてねぇんかぁ? 中身も知らないクセに同じことやろうとしてんのかよぉ……!? しょーもねぇよなぁー……なあぁっ!!」


「もうこのひとなんかの病気なんじゃないの」



 ━━第30話 妹ってなんかガキ━━



 彼女の方便に頷くなかれ、これはまさしく「正当な批判」と呼ばれているものである。

 正当といえば聞こえはいいが、その実、中身はただなんらかの事実をそれっぽく並べているだけ。

 さっぱりラーメンに味が薄いと文句を垂れるようなものである。


 ……↑これに対して「いや、ほぼ水みたいなラーメンでもさっぱりっていわれたら文句いっちゃダメなのかよwww」、とかいうようなものである。


「えーと……じゃあ俺、弁当食べたいんで、座っててもいいですか? 『俺が』弁当を食べたいんで」


「うっ…………、……は、はぁーん? 知り合いに声かけられたくせに無視とかするんだぁ……。ちょっとびっくりだわな。しゅぴゅっ……最近の子は挨拶しないとか聞いてたけどぉ……ま、まさか目の当たりにするとは思わなんだあなぁー……」


「そうですか。うーん……どうすっかなぁ」


 炭木は頭をかしげた。


 昨日、藤崎が貶められている状況では、語気を強めることもいとわなかったが、それは炭木の仲間意識によるもの。

 相手を言い負かすというよりも、藤崎の身を案じての助け舟に近い行動だったのである。

 つまり、第三者でなくなったいま、反論の語彙も同時に消失してしまったのだ。


 さらには普段のコミュ障陰キャ残念ガールとの建設的意見交換とは違い、今回の相手はガキガキマインド不登校中学生。

 彼女が煽りカス以外のコミュニケーション方法を知らないとすれば、下手な拒絶が人間性そのものの否定にもなってしまう。

 当然、世間一般で許されていい行為ではないのだが、頭ごなしの否定は操にとっての心的外傷になりかねないだろう。

 炭木はそこの配慮に心血を注いでいるのだ。


 カウンセラー目指してるんか。


「あっ、じゃあ操さん。せっかく公園にいるんだし一緒に遊んでいきませんか」

「……えっ?」


「いやぁ、お恥ずかしながら今日学校だと思っていたら創立記念日でして、いまめっぽう暇してるんですよね」

「え、え、え?」

「ふたりで遊ぶ……ってなにするかわかんないですけど、なんかやりましょうよ。ブランコとか背中押しますよ」


「…………っっ」


 目をテカテカに、体もプルプル震えだした操。

 後ろ髪が連動するようフリフリと揺れ動いている。

 既視感がすごい。


「って、公園の遊具はさすがに子供っぽいですか」


「…………!! あっ……当たり前じゃんよぉ!! そ、そそそそれにお前ぇ……ぶら、ブランコで背中押すったって、そういうの女の子の体触りたいみたいな性欲が透けてみえてんだよなぁ! あぅ……あ、あーあ! セクハラ隠す気もねぇのかよお! おぅお、終わってんなぁ! 今時の野郎の価値観なんてよぉ!!」


「うーん、そうですかねぇ。じゃあなんか違うことでも……」


「まっ! あばっ、びゃ……っ! …………っっっ。……ま、まあぁぁあっ!!? お前がやりたいっていうのであればぁ!? わ、私も付き合ってあげるのはやぶさかでもないぃ……なんて思ってたり思ってなかったりぃ!!? ほ、ほらぁ! 一緒に遊ぶんだよ! もっと誠意こめたお願いするぅ……みたいなのさぁ……いるんじゃないの!? 一緒に遊ぶんだよ! 一緒にっ!?!!」


「ツンデレって冷笑も内包できるんだ」



 ………………

 …………



 この汚い声にはどうしてか聞き覚えがある。

 ここまでされたらもうファンサービスの域であり、炭木もニヤけが抑えられていない。


 不恰好にもポテポテ走っていく操を追いかけブランコ付近へと到着。

 自信満々に座りこんだ操は、太ももをパチパチ叩いて催促する。


「はいはい。じゃあ押しますね」

「うん! うん!」


 なすがままに肩の付け根あたりへ手を添えると、反応して一瞬だけ体が跳ねた。

 ちょっとでも力加減を誤った瞬間、粉々に砕け散ってしまいそうになるほど脆く感じるその背中。

 しかし、炭木にとって脆弱な肉体を弄るのはもはや日常の一部分と化している。

 赤子の頬を撫でるかのように、豆腐をつまむかのように、暖かい両手が操の背中をなぞっていった。


「んっ……」

「どうです? もうちょい優しくします?」

「いや…………だいじょぶ。これくらいが丁度……いぃ」

「了解です」


 なんかエロいな。


 一回、二回と鎖が揺れていくたび、錆びついた鉄の擦れる音が頭に響く。

 背が低いといっても操は中学三年生。

 体つきは結構なレディであり、数回背中を押した程度ではあまり加速はしない。

 ゆらゆらと、長い黒髪が風を切る。


「押すほうも結構楽しいもんですね」

「そ、そうかぁ……?」


 社交辞令か天然かもわからない炭木のおべっかだったが、操はなんとも面はゆげ。

 交友関係が皆無に等しい操にとって、どんな形でも悦楽を共有できた事実は噛み締めてしかるべきものなのだ。

 ブランコにもそこそこ勢いがついてきた頃合い、操は風に便乗するかのように、ポソリポソリと言葉を隠した。


「…………、あの……さぁ」

「……? どうしました」



「……ごめん、なさい」



 鉄の摩擦にかき消されそうなほど、か細い声が漏れていく。


「き、昨日ぉ……今日もだけど……、やなこといっちゃったの……そのぉ、謝罪」

「ああ」


「最近おねえと話す時……、す、炭木ぃ……さんのことしか話さないからぁ、それで……その、初めて会った気がしない、みたいな感じでぇ……。わ、わた……わわ私とも! な、仲良くしてくれるかも……み、みたいなぁ、こと……思って……て」


「なるほど、それで」


 昨日、険悪なまま解散したにも関わらず、一夜明けたら何食わぬ顔で急接近してきた理由はそこなのだろう。

 操も自身の人脈、コミュニケーション能力について焦っているのだ。


「私、わかんなくてぇ……その、話しかけかたとか。だから、色々いっちゃうから……友達いないしぃ」

「……」


「ちゃんと直すからぁ、この性格……。私とぉ……とっ、友達ぃ、なってほしい……みたいな、感じっすぅ……」


「ふむ……」


 振り子の勢いもあり、会話の八割方は風切り音だった。

 炭木の思惑を通すのであれば、「こっちもそのつもりでしたよ」とでもいっておけばいいのだが、しかし本人は思案の表情。

 なにか別のことを伝えるつもりなのだろうか。

 顎に置いた人差し指をぱっと離し、天を指しながら軽く操へとむけた。


「意味ないと思いますよ?」


「え」


「操さんは俺と友達になりたいんですよね。じゃあそれ、意味ないですよ」

「ん……? あの……え?」

「その性格、操さんが直したいと思ってるなら協力しますけど、俺と友人になりたいだけなら改める必要なんてないですよ」

「なん……なんで……」



「いやだって、嫌じゃないですもん。操さんとお話しするの」



「……っ!?!?!!?」


 操、驚きのあまりブランコを急停止。

 ギョッとした目玉が炭木へとむけられた。


「元々スポーツ部だったんで結構ズバズバいわれるの慣れてるんですよね。言葉選んで話してるヤツなんていない環境だったし」

「おぅっ……?? おゅゅっ…………????」


「褒められたものじゃないんでね、他所でするのはよくないですけど。変に肩肘張られるくらいなら今のままでいてくれたほうが、俺としては付き合いやすいですよ」


「……え? あー………………え?」


 そうこの男、交友関係すべてを対等に扱うあまり、言動がエロ漫画の誘ってんだろ系人妻なのである。

 もしくはワンチャン狙った大学生。

 ギャルゲーヒロインにしか許されないセリフ、「ミサくんは 今のままでも いいんだよ♡」をシラフで言い切る様はまさしく人タラシのそれ。


 まあ、冷笑程度でたじろぐものならあの女を友人枠におけないのだろうが。


「あ、でも直したいと思ってるとかなら協力はしますからね。なんというか……操さんの楽なようにしてもらって大丈夫ですよ、って感じです」

「……っ、う……うん……」


 ちなみに、彼の性格を考慮し、ここまでの面倒事を被った理由を考察するとすれば、それは前回のゲームセンター出禁事件の罪悪感によるものなのだろう。

 あくまでもある程度の関係修復でしかないが、これで炭木の不義理にはならない、ということである。


 だがしかし、うまくいったかのようにみえるこの包容には、幾分かの不首尾があった。

 一見して教室のすみっこにうずくまる偏屈根暗くんと、みんなから慕われる学園のマドンナによるカーストラブコメ的構図なのだが、問題はこの根暗がテンプレートに当てはめられるほど小さい器ではなかったということだ。

 そう、彼女は藤崎家の三女であり、それはつまりあの女の妹なのである。

 姉はおろか従姉妹の安藤咲希でさえ一族相伝のものがあるのだ。

 彼女だけが例に漏れるわけがない。


「あ、あのさぁ……ほ、ほほほんとにぃ……いいの? ほんとに嫌じゃない?」

「はい。もちろん」


「じゃ、じゃあ────」


 操は小さな瞳孔をかっ開いた。

 ペットショップで猫をねだる子供のようなキュルンとした上目遣いで、おちょぼ口を震わせる。




「炭木ぃさんのこと…………、おにい、って呼んでいい?」




「うん……、はい、うん………………………………









 ────……………………うん?」



 ………………

 …………



 午後も過ぎれば子連れの姿もちらほらでてきて、総合公園の公共性を感じさせられる。

 お母様方が団子になったのを合図に、声量のバランスなど知ったこっちゃいないちびっこたちも園内に放たれていった。

 しかしそんな児童たち、遊具類に目もくれず、示し合わせたかのようにある一点へと視線をむける。


「あのー……操さん。もう昼過ぎですし、そろそろ解散しませんか────」





「やだっっっ!!!!!!!! まだ遊ぶっっっっっ!!!!!!!!!!」





 音量調整機能のぶっ壊れたびっくりチキンが、血でも吐き散らかしそうなほどの掠れ声を轟かせている。

 いうなれば、まさに十四歳児。


「なんだよおにいぃ……、お、お母さんが昼飯作ってるかもぉ……ってかぁ? あーあー……子供の主体性を軽視した末路だよなぁ。親には会えるうちに会っとけぇ、みたいなこといってマザコンに親しみやすさ用意しちまった弊害がこれかよぉ……。ひひ……こ、今後の日本男児はどうなってくことやらぁあ……」


「なんか高度な自虐にも思えてきたな」


 冷笑くん、棚上げブーメランしがち。


「ていうかお子さんたち来られたみたいですし、流石に遊具は譲りましょ。かわりばんこですよ」


「え、あー……な、なんだよ子供じゃんかよぉ。ガキに私らが譲る義理なんざねぇだろぉ……? い、いるよなぁ……子供だから、が正当性のある主張だと思ってる親。あふっ……そんな親元にいたら子供も他責思考になって当たり前、つーかなぁ……。こう……愛情みたいなの? ないんだろうなぁ今時の親ってのはぁ……」


「あっ、こら! 子供の前でそんなこといっちゃダメでしょ! さっき他所では控えましょうね、っていったじゃないですか」

「ふぇっ……!? ご、ごめんなさぃ……──」


 炭木は顔を合わせるように屈んでから叱責した。

 そっぽをむこうとする操の頬に手を添え、頭を向き直させるべく力をいれる。

 状況が状況ならキス待ちみたいなものだけども。


「……うぐぅっ…………ぐす」

「……!?」



「びぇええーーぇんっ!!! おにいがあぁーっ! おにい、がぁぁーっっ!!!」



「ええ!? あー……もう、仕方ないなぁ……。じゃあもうちょっとだけ一緒に遊びましょ。かけっことかお話しするだけでもいいですし、とりあえず遊具は子供に渡してくださいね」


「ぐすぅ……うん……、うん…………。やた、ラッキぃ……」

「また現金な」


「えへ、えへへぇ……」


 満面と呼んでしかるべきほど、朗らかなはにかみ顔をみせた操。

 対人経験が浅い人間にとって、キラメキの渦に飲みこまれていくこのひと時はなににも変え難い特別なのである。

 炭木の手をとり、思いのままに原っぱの真ん中を駆けていくのだった────。











 ──うん……そうだな、ご婦人方の視線の意味はわかる。

 いきなり若い男女が眼前で幼児プレイなんて繰り広げてんだ、俺らを井戸端の中心人物に添えることになってもおかしくはない。


 ただな、ひとつだけ、あんたらにはわからないだろうが、ひとつだけ……いわせてくれ。





 いま、一番恥ずかしいの、間違いなく俺だからぁ……っ!!





 なにげ藤崎姉の話題すらまったくでない話、初めてな気がする。

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