第29話 ゲーセン(後編)
前回のあらすじ
ゲーセンに来た。
格ゲーやることになった。
カスみたいな初心者狩りが乱入してきた。
そいつ藤崎の妹だった。
━━第29話 ゲーセン(後編)━━
格闘ゲームの筐体が横びっしりと並んだこのコーナー。
ケミカルな音が混ざりあうことで荘厳さをも感じさせる空間なのだが、なぜだか今は空調のゴーっとした音が一番大きい気がしてしまう。
それらをBGMにしてしまうほど存在感を示す藤崎姉妹は、向かい合ってガンを飛ばすだけで言葉を交わそうとする様子はない。
状況もあまり飲みこめなかったのか、炭木はそそくさと耳打ちしにいった。
「藤崎さん、この方は……」
「操ちゃん。中学三年生。私の妹。初心者狩りが愉悦のくせにこの辺だと一番うまいせいで抑止力がない暴走モンスター。普通に界隈からめちゃくちゃ嫌われてる」
「クズど真ん中」
なお操は過去、それらが店側に問題視され出禁一歩手前まで追いこまれたことがある。
人間そんな変われるもんじゃないね。
「ふっ…………、……ちなみにおねえも前作は私よりうまかったくせに、乱入されたらコミュ障すぎておもいっきり捨てゲーするから結構嫌われてた」
「どっちもどっちなんだ」
捨てゲーの姉、初狩りの妹。
やはり姉妹、なんだか同じ波動を感じてしまう。
「でも操ちゃん! もうこんなことしないって約束したでしょ! せっかくお母さんが出禁回避してくれたの忘れたの!!?」
「は? 知らねぇし。普段まったく話しかけてこないくせに男の前だけ色気だしてくんじゃねぇよ、気色わりぃ……。それでいうとおねえも、他のオタクには愛想悪いくせに彼氏にだけ接待してんのバットマナーなんじゃあねぇのぉ?」
「……」
鼻で笑う操だったが、当の姉は目を細め凄むように睨み返している。
なにか言い返すつもりなのか、ずいっと一歩踏み込んだ。
「…………んっ」
「あ?」
「んん……」
「……?」
「………………んっっっっ!!!!!!」
「レスバが弱すぎる」
顔面バカデカ集中線。
「だ、だって……! 言い返したら操ちゃんに嫌われちゃうかもだし……」
「また繊細な」
まごまごする姉を肴に、操はやらしく冷笑した。
十四年もともに過ごしたとあれば、姉のあしらいに心得もあるというもの。
論点をずらしまくり、あたかも主張そのものが間違っているかのように誤認させてしまえば、姉ごとき封殺することは容易い。
本人もそれがわかっていて喧嘩をふっかけたのであろう。
だが、そんな操にも誤算があった。
どんどん縮こまっていく姉の背後、しかめ面の巨体がぬっと前方に立ち塞がってくる。
身長差はおよそ四十センチ。
「あの、しゃしゃって申し訳ないですけど、さすがにその言い方は看過できないですよ。身内だからってなんでもいっていいわけじゃないと思います」
「あ?」
優しくも真っ向からの敵意に対し、操は唇を突き出し眉間がねじれるまでに鋭く睨む。
身長差なんてかまいもなく、その敵意に呼応するよう、顔を見上げてふすーっと息を吐いた。
「………………すぅーっ……」
「……」
「…………ご……」
「ん……?」
「……………………………………………、……………ごめんなさい……」
「似たもの姉妹がよ」
………………
…………
「でもぉ! 私の言い分も間違ってねぇしぃ! おねえが対戦相手えり好みしてんのはよくないことだろうがよぉ〜お!?」
「いや……初心者狩りなんて卑しいことやめろって話なのに、藤崎さんの過去掘り返しても論点ずらしにしかなってないでしょ。ここは初心者狩りに対する正当な理由をださないと」
「うぐぅっ!!?」
炭木先輩による建設的レスバ指導。
プライド人間、操にはかなりのダメージ。
そう、彼女が藤崎姉と同種族なのであれば、炭木にもあしらいの心得があるというもの。
炭木の脳内にはすでに藤崎(あと従姉妹の安藤咲希も)との戦闘データがはいっているのだ。
現状の藤崎界レスバTierにおいて最高位に位置していることは明白であった。
操も自分が狩られる側の人間だと瞬時に理解したのだろう。
涙目にガニ股ポーズでプルプル震え、拳と歯を噛みしめている。
「ち、ちげーしうぜーししらねーし……。中学生に負けといてギャーギャーいいやがってさぁ……恥ずかしくないの?」
「そこ土俵にしたら、ただの初心者と初心者ボコってイキがってる人になりますけど、どっちが恥ずかしいですかね」
「ぐぎぎぎぐぐ……」
一般的にいえば「メスガキ」に分類される彼女なのだが、相手が不感症男である以上、メスっ気など簡単に毒抜きされてしまうもの。
それはもはやただの「ガキ」に他ならない。
しかし、そんなふたりがガチャガチャやっているなか、満を辞して間に挟まってくるアホ毛があった。
そう、ここにはガキマインドを有した者がもうひとりいる。
「操ちゃん」
「ん、なによ……おねえ」
「たしかに、あなたの言い分も理解できるところはあるわ。つまり強いほうが正義ってことよね」
「え……、あ、おおう。そ、そうよなぁ……」
「そうかな?」
姉妹による謎シンパシー。
「でも、そんな相手をとりあえず言い負かせてやろうなんて気概は違うと思う」
「あ……?」
「せっかく私たちはここにいるのよ。なら、決着のつけかたはひとつじゃない?」
「……! なるほどぉ、そういうことねぇ……」
ふたりは背中を合わせると、二手にわかれるよう各々持ち場へとむかっていった。
その動きは、西部のガンマンが距離をとるために背中を向け合うそれに等しい。
ちなみに炭木はというと、空気も読まず「え、別にほとっきゃよくない?」というような顔をしていたが、しかし、まぁ、水を差すのもいかんせん気が進まなかったのか、表情そのままにつったっている。
だが、あえていうなら、その判断は賢明といえよう。
どれだけ空気を悪くしようとも、戦士の戦いに理由などいらないのだから。
「じゃあいくぞ」
「ふっ……」
コインを投入するガチャンといった音とともに、画面下部の『INSERT COIN』の表記が『PRESS START』に切り替わった。
示し合わせたかのようにボタンを押すと、スピーカーからオーケストラのような割れる爆音が鳴り響き、外界の情報がシャットアウトされていく。
この瞬間こそが、勝負の世界に浸る瞬間なのだろう。
因縁への決着が、いま、始まる────。
『Lady……Fight!!』
………………
…………
*
──ズガッ……、……バキドガガガドドドド、キュイーン!
『舞い上がれ……! 敗者への手向けにぃ!! ブラックシィィーニュ!!!』
──ズガッシャーン!!!
「…………っ」
「……」
そんな美声が轟いたのち、画面には『2P WINS!』の文字列が並ぶ。
布面積の乏しい服を着た女性が画面内を動き回っているもので、藤崎の顔面はブルーライトの点滅に激しく包みこまれるのだった。
「…………」
「あ、あの……藤崎さん。さっきいってた魅せこん? からの超必殺技ですよね……これ。俺の負け方とまったく同じ……」
「…………………………っっ」
耳が唐辛子になってしまった藤崎。
前歯で唇をかみしめる。
先にいっておくが、藤崎は格闘ゲームがうまいほうである。
だが、それはうまいだけなのだ。
前作をやっていたからこそある程度の立ち回りがわかるだけであり、それはただの定石にならった行動にすぎない。
となれば当然、バリバリに現役を続行している者と戦えばロクな対戦になるわけがない。
先の炭木に習うのであれば、大概なのはこれで勝ち誇る操のほうであるが、下手に言い出しっぺになってしまった以上、姉に敗者の烙印が刻まれることはやむを得ないだろう。
筐体からひょっこり顔を覗かせた操の表情が、それはもう蜜を舐める直前の子供のような顔をしており、いまからどんな言葉が飛び交うのか想像に難くはなかった。
「ふふへ、ふへ……おねえ! おねえ! 負けちゃったなぁー……ぁあ!!」
「……うぐふっ」
「あんなカッコつけといてなぁ……。ちょっと実力の過信っていうかぁ、慢心みたいなの? あったんじゃねぇのぉ?? ダッセェなぁーぁあ……!!」
「うぐ、うぶぶ……」
バッと勢いよく席を立ち上がった藤崎は、この煽りカスへと睨みを返す。
真っ赤なほっぺをプクッと膨らませ、涙目にガニ股ポーズでプルプル震えていた。
さっきみたこれ。
「うるさいっ! うるさいっ!! ゲームの腕前は関係ないってさっき炭木いってたじゃん!! そんなんだから操ちゃん不登校で友達いないのよ!!」
「はあぁ!? それこそ関係ないしっ! 負け犬の遠吠えでしかねぇしよぉ……! きも……キモだよっ、キモォ! きっもぉっ!!」
「じゃあ操ちゃんはクソだしっ!!!! クーソクソクソ!! 肥溜め人間っ!!!!!」
「「なんでそんなこというのっっ!!?!?」」
「俺もう帰っていいかな」
………………
…………
どれだけ盲目な人間がみても、この罵りあいに「喧嘩するほど仲がいい」という言葉は送らないであろう。
姉妹であるにも関わらず、ここまでそりがあわないのは、ただならぬ藤崎イズムを感じてしまう。
とかいっているうち、操は慣れない素振りでおもむろに姉の頭へと乗りかぶさっていた。
当の姉は腕をバタバタ振り回して抵抗している。
一見して小学生の取っ組み合いだが、なまじ動きにハリがないもので、生々しさが拭えていない。
この年齢の女子ふたりによるキャットファイトは見るに堪えないものがあった。
「そもそもぉ! おねえから勝負しかけてきたんだから勝った私が正義だろうがよぉお!?」
「ちーがーうーもん!! ちーがーうーもん!! 操ちゃんが卑しいのがダメなんだもんっ!!」
おう、ここが地獄か。
普段の炭木であれば仲裁でもなんでもしていたのだろうが、今回ばかりはなんだかもう呆れを通り越してやつれたような表情をしていた。
そりゃあ慕っている先輩が公共の場でギャン泣きしているのだ。
知り合いに思われたくない気持ちもわかる。
「そ、それでいったらよぉ……私は初心者狩りしてイキがってる恥ずかしいヤツなんだろぉ? じゃあおねえはそんなのに実力で負けたもっと恥ずかしいヤツなんじゃあねぇかぁ!??」
「うぐっ! うぐぐ……」
「ほら!! 言い返してみろよ、殴ってみろよぉ!? なにもしてこないたぁ図星つかれたんじゃねぇかよぉ!!? なっっっさけねぇよなぁ!!! ざーこ! ざーーこ! クソクソゴミカス底辺人間、あほうんちたれぼけ被害者面正当化承認欲求バカおんな──────」
──と、メスガキってよりガキガキな罵倒でのたまう操だったが、その最中、彼女の背中は大きな影でベタッと塗りつぶされていた。
「……え?」
罵ることに無我夢中で、何者かに背後を取られていたことにも気がつかなかったらしい。
急いで振り返るも、その何者は操に待ったをかける余地も残さず、口を開けた。
「申し訳ありませんお客様。少々お時間、よろしいでしょうか」
「ふ、ふぇ……?」
そこにいたのはイカつい風貌をした男性。
冷たい眼差しで操を射抜く。
かしこまった様子のその巨体は、操を見下すように見下ろし、語気を強めた。
「藤崎操さんですね。以前、あなたが他のお客様に対する迷惑行為をした際のクレームを対応しました、店長の工藤です」
「どぅっ、どうもぉ……?」
「本題なのですが。最近そのクレームと同様のクレームを数件確認しております。格闘ゲームで乱入をしてきた対戦相手から中傷行為をされた、などと」
「…………ぅっっ」
「先ほどからおふたりの様子をみていたのですが、ご身内との会話にしては『度が過ぎている』というふうに拝見した次第でございます」
「うぶっ……ぁ……」
「さて、我々も全てのお客様に楽しんでいただくよう励んでおりますので、お客様の中に理念に背く方がいらっしゃいましたら、適切な処置をしなければならない……。ということはおわかりでしょうか」
「しょ、処置……すか?」
「単刀直入に申しますと、藤崎操さん。あなたを、『出禁』、とさせていただきます」
「………………っっっっっ」
*
──空は透き通るほどの晴天だった。
肩を並べて歩いていると、その後ろ姿は不思議と絵になっているように思う。
もちろん絵画的センスなどではなく、親子ともに過ごすセンチメンタルな思い出……的なものになるのだが────。
「もうごんなどごぉ、二度どごないがらあぁ……」




